OECD プリント

構造改革

 

2000年5月

■OECD経済局 国別審査部長 今井 豊

 構造改革という言葉を新聞雑誌で見ない日はまず無いと言ってもよい。 マクロの経済政策がその限界に達しつつある今日、日本経済再生の切り札としての役割を期待されている。 しかしながら、構造改革は非常に幅広い概念であり、 使い勝手のよい言葉である。 したがって、その使われ方は多くの場合非常に曖昧であり、また、使う人によって念頭にある具体的な改革の分野や種類が様々であるように見受けられる。 その為もあって、「日本経済の未来は構造改革が行なわれるか否かにかかっている」等といわれても一般には肌に染みるようには実感がわかないのではなかろうか。

 構造改革とは環境の変化により既存の仕組みではうまくいかなくなった(あるいは、そうなると予想される)ことに対してその仕組みを根本的に変えることである。 従って既存の仕組みによって利益を受けている人達は当然反対する。 問題はこうした人達が強い政治力を持っている一方、 既存の仕組みを変えることにより便益を受ける人達の数は多いものの全国に散らばっており政治への影響力が一般に弱いことである。これは、貿易自由化の場合と同じであり、 90年代中頃までに日本で実行された数少ない構造改革が概ね外圧の下でなされたという事実により明らかである。 OECDの作業も一種のゆるい外圧として改革の促進に貢献していると考えられる。

 政策手段としての構造改革の重要性がOECDで認識されたのは、第一次石油危機後の経済運営において主に欧州諸国の動脈硬化現象が明らかになった為である。 その後、第二次石油危機を境に、英国のサッチャー政権、独のコール政権、また米国のレーガン政権により供給サイドの強化政策が重視され、OECDの国別審査においても1984年より労働、資本・金融、財・サービスの各市場および公共部門に関する構造問題・改革が取り上げられるようになった。 これらの国別レポートの成果は1994年の 「構造改革の進展:将来へのレッスン」において整理され、その後の国別審査の踏み台となった。 また、同年出版の「OECD雇用研究」では労働市場の機能強化、税・給付制度との関連、起業の重要性等が分析された。その後は97年に「老齢化社会の繁栄」で年金・医療制度改革、「規制改革」で電気通信等のネットワーク型産業の自由化に関する提言がなされ、また99年の「企業統治原則」の公表と、研究を深めつつ、かつその裾野を広げている。

 日本においても80年代半ばに前川レポートに代表されるように構造問題についての関心が高まったが、当時は日本経済および日本式経営に対する高い評価があり、80年代後半には金融バブルに浮かれてしまった為構造改革への取り組みが遅れたともいえる。日本は、90年代の後半に入ってようやく構造改革に本腰を入れはじめた後発国という位置付けができる。行政改革委員会等を活用しつつ橋本内閣が進めた一連の改革は、その後の不況により推進力が落ちたことは残念であるが、強力な政治的リーダーシップによる大きなひと押しとしてOECDにおいても高く評価されている。

 日本における構造改革の残された課題のうち優先度の高いものとして規制改革の徹底化、行財政改革、そして医療・年金制度改革があげられる。 規制改革については、ネットワーク型産業において規制緩和が進んだとはいえ、担当省庁による裁量行使における公平性が充分に担保されていない。 OECDの規制改革レビューで指摘されたように、独立したレギュレーターによる規制が望ましく、また、社会的公平性(例えば、過疎地へのサービスの提供)を求める場合は、政府からの補助金でまかなう等の明示的なルールが必要である。

 行財政改革についても、来年から始まる省庁再編および財投改革等の眼に見える変化が期待できるものの、財政再建を睨みながら税制、支出の両面での改革が必要である。昨年の経済審査で出されたOECDによる税制改革の提言の骨子は、所得税率の引き下げと課税ベース増の組み合わせ及び消費税の引き上げである。支出面では、費用・便益分析の採用とその結果の公表は大きな進歩であり、来年発足する総務省によりチェックを受ける点も評価できる。 その意味では、現業官庁である郵政省が総務省の一部になることはマイナスである。 第三者によるチェック機能の強化が透明性、責任の明確化において重要であり、 会計検査院による政策の効率性の事後的監査に加え、 公取委による公共調達における談合摘発の強化等も広い意味の支出面の改革の一部として促進されることが望まれる。

 医療・年金制度についても、介護保険制度の導入は評価できるし、 年金改正法案が先の国会を通ったことにより公的年金も一応保険数理上は収支尻が合うこととなった。しかし、医療・年金制度は負担面において基礎部分は公的負担とし、それを超える部分については保険でまかなうという基本的な考え方に沿った、抜本的な改革を必要としている。そうでないと、拠出金が一種の税とみなされ、勤労意欲の阻害要因となるからである。支出面では、医療サービスに対する包括払いの導入、健保組合の保険者機能の強化等により過剰・低質サービス供給への誘因を排除することが望まれる。

 おわりに強調しておきたいのは、構造改革が長期には経済に有利に働くが短期にはマイナスに働くという通説は誤りであるという点である。すでに述べたごとく、構造改革は幅広い概念であり、このような通説をとなえる人は過剰供給能力を抱えたセクターのリストラを念頭においていると思われる。 しかし、こうした例は一部にすぎず、電気通信の例に明らかなように、技術進歩等により巨大な潜在需要が見込まれるセクターでは、負の影響を受けるのは一部の企業や人達であり、経済全体としては一般に短期においてもプラスに働く場合が大半である。また、介護保険の例に見られるように、新制度の導入は新たなビジネスチャンスを生み出すことにより経済活動の活性化に貢献するのである。このような理由から、日本経済を持続的な回復軌道に乗せる為にこそ構造改革が必要なのである。

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