|
世界的状況の困難さにもかかわらず,メキシコの経済状況はおおむね順調である。次の大統領選挙は2000年であり,政府は,それまで安定した路線をとる必要がある。
1994年の大統領選挙における信頼性の危機が人々の心の中でまだ新鮮な時に,2000年の選挙はどのようなものになるであろうか。確かに,メキシコにおいては,選挙の時期に不確実性が高まる傾向があるようだ。少なくとも1994年はそうだった。危機に端を発して,1994年12月から1995年5月の間にペソが76%も下落し,厳しい安定化計画を導入することとなった。影響はすぐに表れた。1995年末にインフレ率は50%を超え,GDPは年平均にして6%落ち込んだ。
それ以来,状況は著しく改善した。1996年以降実質GDP成長率は年に5%を超え,フォーマル・セクターの雇用は危機前の水準を14%上回った。もう一つのプラス要因は,経済ファンダメンタルズがおおむね順調と考えられることである。経常収支赤字はGDPの3.8%にすぎず,インフレは現在少なくともコントロールされており,公共部門の赤字は現在GDPのわずか1.25%で,国債残高もGDPのせいぜい30%と比較的低い水準にある。
もっとも,1997年のアジア危機が引き起こした金融不安のため,政府はかなり慎重な経済路線を取らざるを得なかった。1998年8月のロシアにおける危機から悪影響をこうむる恐れと,政府収入の30%強を占める石油価格の引き続く下落が相まって,慎重な態度を堅持せざるを得なかった。引き締め的な金融・財政政策がペソ下落によるインフレ圧力を抑制する上で十分成果を収めたとは言えないが,信頼を維持し,実質経済を強化する上でおおむね有効であったとは言えよう。
ここで,好調なメキシコ経済の将来を見通す必要がある。実質賃金はなお1994年の水準より20%も低く,また,3年に亘って成長を続けたにもかかわらず,1人当たり生産は3%程度しか増加していない。
更に,近年メキシコは著しく発展しているにもかかわらず,同国と他の大半のOECD諸国との間にはなお非常に大きな開発のずれがある。確かに,新しい政治・経済状況の下で投資家の信頼感をつなぎ止め,円滑な移行を確保するためには,政府は,引き続き少なくとも2000年まで慎重な路線をとらざるを得ないであろう。
過去1年間にも困難な問題が生じた。国際的に不確定要因が引き続き存在する中で,政府は,1999年も抑制的マクロ経済政策をとり続けることとした。1月のブラジルにおける危機を契機として,金融政策はさらに引き締められた。この迅速な対応のお陰で,危機の伝染が避けられた。金利上昇とペソ下落はわずかの期間にとどまり,またその規模もロシア危機の際とは比較にならない小さなものだった(図参照)。更に,株価指数は,同年の最初の4カ月にほぼ40%回復した。国際環境も,ようやくメキシコに有利になってきた。国際原油価格は上向きになり,メキシコの主たる輸出市場であるアメリカにおける需要は引き続き堅調だった。
引き続き用心
しかし,メキシコ政府は,慎重な態度をゆるめるわけにはいかない。大きな不確定要素がなお存在しており,また,恐らくメキシコは,いまだに,外的要因の影響を受けやすい国である。まず石油価格が再び下落するかも知れず,これは税収見込みを悪化させよう。また,国際金融市場が再び混乱する恐れもないとは言えない。最後に,アメリカの成長がはっきりと鈍化したり,金利が急上昇したりすれば,メキシコ経済にすぐ影響が表われる。
メキシコはどのようにすれば市場の信頼を築き上げることができるだろうか。少なくとも過去18カ月にメキシコ政府に対する信頼が高まったが,これは将来にとってよい兆候である。最近のブラジルの危機の影響が比較的小さかったことに鑑みると,市場は,現在のメキシコが4年前とは異なると見ていると言えよう。それにはいくつかの理由がある。第1に,メキシコが変動為替相場制を採用したことにより,重要な不安定要因の蓄積が回避された一方,外部からの衝撃に対応する柔軟性が確保された。第2に,1998年に政府がマクロ経済政策を引き締めた際,財政および金融の双方を対象とした。石油危機により財政目標が脅かされた際,政府は,減収を相殺するために支出削減措置を続けて3回とることにより,赤字1.25%という目標を達成することができた。同時に政府は,インフレを抑制するために金融政策を引き締めた。インフレは1999年3月には収まり始めた。前記のことは,適切な政策調整が行われていることを示すものであり,また,経済の主要な分野における均衡を維持する上で効果があった。
国内的には,いくつかの問題が出始めている。短期的には,選挙が近付くのに伴い,市場を安心させるため,政策に継続性を持たせことが必要であろう。政府は,1998年末,1999〜2000年のマクロ経済シナリオを公表した。このシナリオに描かれた戦略目標の一つは,次期政権に円滑な引継ぎを行い得る情況を作り出すことであった。緊縮財政政策は少なくとも2000年まで維持することとなっているが(これは,投資家の信頼感を強化する上で決定的な要素である),少なくとも今後の4年間について真の中期的枠組みを設けることも望ましいであろう。
租税基盤の拡大
このような直ちに考慮するべき要因のほかにも,積極的な措置を要する分野がいくつかある。その一つは,低い税収水準である。今年いくつかの措置がとられており,税収をほぼGDPの1パーセントポイント増加させるはずである。しかし,引き続き税改革を行う必要がある。まず行うべきは,課税優遇措置を最小限に抑えて税基盤を拡大することである。このためには,付加価値税の適用を免除されたりゼロ税率を適用されている多数の製品やサービスの数を削減し,特定の産業部門(農業,漁業,陸上輸送,出版)における法人税優遇措置を制限し,個人所得税におけるフリンジ・ベネフィットに対する非課税措置を減らすことが必要である。これらの優遇措置は,税収を減少させるのみならず,税制度の運営を複雑にし,脱税がし易い灰色分野を残す。一つの選択肢は,付加価値税率ゼロの適用をせいぜいいくつかの主要製品に限定することであろう。これは,低所得層への転嫁に焦点を当てる方法として,コストが極めて小さいやり方となろう。
様々な事件による圧力に対応して支出を削減するのは,多大の経済的・社会的利益をもたらす施策を延期し,またはそのような施策の規模の縮小につながるので,コストが大きい。メキシコにおける公共支出はGDPのわずか10%(債務返済を除く)で,OECD諸国の中では最も低い部類に属する。同時に,メキシコは明らかに物的インフラが不足しており,また,社会部門が極めて遅れている。例えば,乳児死亡率は,1,000人当たり20人近くに達しているが,これは,他の大部分のOECD諸国の1,000人当たり5ないし10人と大きな相違である。また,対応できていない教育ニーズがかなりある。学齢人口(5歳から14歳)は全人口のほぼ4分の1を占め,OECD平均の2倍である。政府は,公共支出の26%を教育に割り当てており,これはOECD諸国(韓国を含む)の中で最も高い比率であるが,教育支出をGDPに対する比率で見ると,平均よりかなり低い。
メキシコは,人的資源およびインフラにおける遅れを取り戻さなければならないが,そのためには多額の資金を必要とする。国際価格変動に大きく左右される石油収入に対する過度の依存を避けるために,まず,収入を生み出す能力を高めなければならない。また政府は,力強く持続的な成長を確保するために,いくつかの分野,特に金融部門において構造改革を進める必要がある。
メキシコにとって将来の重要な課題の一つは,急速に増大する労働力(毎年100万人近くが労働市場に参入する)のために雇用を創出することである。資金面の制約はあるものの,政府の社会目標に向かって進展を続けることも必要である。教育,医療,貧困軽減などの面でのイニシアティブは,比較的長期にしか結果が出てこないので,次の選挙の結果がどうなろうとも,時期を遅らせることがあってはならない。
目次
|