| エネルギーの将来の評価にあたっては,今後15年ないし20年間とそれ以降の時期を区別することが有益である。
というのは,2010〜2020年は,世界のエネルギー事情の変化の決定的な転換点となると考えられるからである。
エネルギー市場は,この先20年間は根本的に変化することはないと考えられる。少なくともこれが一般的なコンセンサスである。その背後には,以下のような考え方がある。産業資本ストックの更新率は低く,発電や住宅建設,それに程度はやや劣るが輸送においては,内燃エンジンからガスタービン発電機や鉄道電化にいたるまで,既存の技術が主流を占めつづける。更に,エネルギーの需要パターンは1980年代はじめ以降,比較的安定していて,今後20年間もこの傾向が続く。重要な例外は開発途上諸国で,ここでは人口増加と急速な都市化,生活水準の向上がエネルギー消費量を顕著に増大させる。エネルギー供給は,ほぼどこでも,化石燃料――つまり,石油,ガス,石炭,その他の固形燃料――が中心を占めつづける。実際,これらのエネルギー源は,今後20年間の全世界の追加的なエネルギー需要の95%あまりを提供すると予想されている。このことは,厳しい環境目標に適合するための技術と政策への投資圧力を強化しよう。
しかし,2020年を越えるとエネルギー事情は劇変する可能性がある。まず何よりも,新しい技術が実用化され,資本ストックやインフラストラクチャーの新しい世代が登場して,エネルギー効率が著しく改善される。サプライ・サイドでは,まず最初に非OPEC地域で,ついでOPEC地域で,石油生産が減少を始める。いくらか遅れるが,ガス生産もそのあとを追う。
その長期的な地政学的帰結は,今日,政治的に微妙な地域に集中していて,日々その比重を高めつつあるエネルギー供給地が,更にいっそうその比率を高めることである――中東の在来型の石油資源とロシア,イラン,中央アジアの一部の天然ガス。非在来型の石油,例えばオイル・シェールやオイル・サンドから抽出された石油やガス資源が一時的にギャップを埋めることはあっても,代替燃料を求める圧力がますます高まっていく。それゆえに,ほぼすべての長期的シナリオは,一次エネルギー消費に占める風力発電や太陽光発電のような更新可能資源の割合が徐々に拡大していくと予測している。
この先,開発途上諸国は,価格,資源の多様化,競争,そして炭酸ガス排出などの問題に関して,エネルギーの需要と供給の両面で現在よりも遙かに大きな役割を果たすことになるだろう。OECD諸国は,エネルギーの需要や生産,貿易の面での役割は小さくなるが,技術の供給者として重要な役割を演じることになる。
細部に潜む悪魔
以上は,今後半世紀におけるエネルギー事情の大まかな素描であり,比較的よく知られた事実である。しかし,この素描のなかに,いくつかの重要な分野における発展や傾向,傾向の中断などと結びつく多数の問題が存在しうる。例えば,石油資源がいつから減少しはじめるのかの問題をとってみよう。石油探査の成功率の実際の低下傾向と,石油資源の最終回収可能推計量(EUR)が一般に考えられているよりも少ない可能性が高いことを考慮すれば,生産が予測よりも早く減少を始めるという議論も成立しうる。最終回収可能推計量を1兆8,000億バレルとする一部の推計によれば,石油生産の減少は早ければ2007年にも始まる。その結果として生じる世界の在来型の石油・天然ガス供給の政治的に微妙な地域への集中は,一般に予想されているよりも早く進行するかもしれない。しかし,政治的緊張の厳しい時期においてさえ供給ラインを維持できたこれまでの経験が示すように,このことが今後数十年間に重要な問題となるとは考えられない。いずれにせよ,在来型資源供給の何らかの中期的な途絶によって生じる真空は,非在来型の資源によって急速に埋められるだろう。ただし,その結果としてエネルギーコストが上昇する可能性はある。以上にもかかわらず,地政学的偶発事件は完全には排除することはできない(次の記事を参照)。
環境面での事態の展開も予測は極めて困難である。長期的な観点からすれば,気候の激変を回避する必要性は,将来の目標期間までに温室効果ガスの排出量に上限を設けることを要求する。これは,多くの人の見るところ,国際的な協力的行動を通じてのみ実現することができる。しかし,協力的行動によって可能な帰結については見解の相違が存在する。例えば,1997年の京都議定書をとってみよう。これは,批准されたならば,先進工業諸国に対して6種類の温室効果ガスの排出量を2008〜12年までに1990年水準よりも約5%削減することを義務づけている。一部の専門家はこの義務が順守されるかどうかを疑問視している。その理由の一つは,効果的な排ガス取引制度の設立が困難であることである。京都議定書の義務が履行され,これがのちの時点における更に厳しい,法的に拘束力のある合意のための第1歩として機能すると期待している人もいる。
技術は,効率と環境の両面で,今後数十年間の挑戦課題に対する答となりうるだろうか? 一部の技術はおそらく実用化されず,あるいは少なくとも実用化されるまでに長い時間が必要である。例えば,核融合の提供する可能性が一部で期待されている。しかしそれは,まだ商業的に実用化されていない。パイロット・プラントはいまだ早くても15年先のことであり,意味のある市場シェアを獲得するまでに更に50年が必要である。それにもかかわらず,技術が重要な貢献をなしうることは疑いない。再生可能エネルギーや,核分裂,化石燃料のいっそうきれいな利用方法は,いまよりも厳しい環境基準に適合し,持続的な発展を促進するうえで,非常に有望である。
エネルギー効率の向上に関しては多大の可能性が存在する。例えば,輸送部門におけるリーンバーン・エンジンや燃料電池がそうであり,熱ポンプやハイテク窓,熱交換機その他を備え付けたハイテク・ビルの建設である。更に一般的に,地球全体の豊かさの高まりが環境の質に対する要求を強めてゆけば,燃料効率の向上傾向も更に強まるだろう。
先進工業諸国における人口1人当たりのエネルギー消費量の平均は,開発途上諸国のそれの20倍以上である。今後数十年間に開発途上諸国では,人口増加や都市化,工業化が進行,加速する結果として,エネルギー需要が4倍にもなる可能性がある。問題を更に深刻にするのは,先進工業諸国におけるエネルギーの大量使用が,そのライフスタイルと技術の全世界的普及を通じて,地球全体のエネルギー使用を増大させることである。
トレンドの中断――違った結果に
しかし,経済的,社会的な同じパターンが常に繰り返されるという鉄の法則は存在しない。トレンドはいつか中断し,例えば工業化とエネルギー強度との間の,あるいはエネルギー使用と通信インフラストラクチャーとの間の関係にトレンドの中断が生じれば,その影響は極めて大きい。
今後数十年間に期待される非OECD諸国の経済成長の構造的な内容がその有益な実例となる。少なくともこう想定しても間違いはないだろう。すなわち,開発途上諸国は鉄鋼や機械,化学その他の工業を迂回することはできないとしても,製造技術と利用技術の性格が変化した――特にマイクロエレクトロニクスが普及した――ことによって,これら各国がOECD諸国の工業化のパターンをそっくりそのまま繰り返すことはほとんどなくなった,と。いわば「カエル跳び」が起こって,一部の開発途上諸国が先進工業諸国に追い付くプロセスは予想よりも早くなり,開発途上諸国は急速に軽工業とサービス活動に移行していく。こうした諸国では,エネルギー強度は予想よりも急速に低下してゆく。同様に,より進んだ諸国においては,広く予想されていた情報・知識社会への移行が非常に広範囲に及ぶ影響をもたらしている。例えば,在宅勤務やホーム・ショッピング,遠隔取り引きの普及,そして労働とレジャーの組織化や移動のパターン,都市化のトレンドなどに情報技術がもたらす深い変化は,エネルギー効率を飛躍的に向上させる。
適切なインフラストラクチャーの構築
これほどまで先の将来を見通すのは,明らかに危険な仕事である。しかし,これだけの時間幅をもった予測のほとんどすべてに共通する前提は,次の半世紀間のエネルギー需給関係は,現在とはまったく異なる政治的,経済的,社会的,環境的な文脈のなかで展開する,ということである。それを特徴づけるのは,生産と消費の新しいパターンと通信・情報の異なったシステム,極めて多様化したエネルギー構成,いっそうグローバル化した市場,世界経済の舞台上の力関係の変化,主役の交替,新しい協力形態の登場などである。しかし,50年先の展望を立てることによって提起される最も重要な問題は,おそらく,産業プラントや既存建築物の一部,輸送と通信の施設,多数の発電所などといった最終用途のストックとシステムがその耐用期間の終わりを迎えて,新しい技術によって更新されることである。
このような最も広い意味でのインフラストラクチャー――エネルギー・インフラストラクチャー,都市空間,住宅建設,輸送システム――の更新こそが,経済と社会の発展をエネルギー効率の遙かに高い新しい軌道上に乗せる最大の好機を提供する。インフラストラクチャーは社会を,移動と労働と余暇とライフスタイル一般のはっきりと決まった,変化の遅いパターンに縛りつけ,こうして異なったエネルギー・環境パラダイムへの移行に対するブレーキとして機能する。インフラストラクチャーの更新には長いリードタイムが必要である。これは,例えば,蒸気から電力への移行が数世代を要したことでも明らかである。従って,いまこそ,グローバルな新しいエネルギー状況を形づくるインフラストラクチャーを計画し,その実現を図るべき時である。これは,環境と社会に対する責任をこれまで以上に重視した,想像力と創造性を要求する仕事である。必要とされている変化の巨大さと重要性を前提とすれば,50年という期間はそれほど長いとは思われないかもしれない。
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