|
20年ないし25年前に石油価格の予測を試みた者は誰でも,世界経済が低迷傾向にあることを知っていたに違いない。従って,石油価格は下落し始めると予測するのが適切であるように思われた。もちろん,実際は逆のことが起こった。1973年のアラブ・イスラエル戦争と1979年のイラン革命が「オイルショック」をもたらして,石油価格は突然,大幅に上昇した。1991年の湾岸戦争はあらゆる類の価格予測をもたらしたが,その大半は上昇を予想した。今日,石油価格は歴史的な低水準を低迷している――実際,石油は現在,実質では何度かのオイルショック以前よりも安い。それでも,エネルギー価格は,単なる経済学ではなく,地政学によって決まることを想起しておくことが重要である。この地政学を理解するうえで,中東とカスピ海盆地の2つの地域がカギを握る。そして当然のことながら,OECDだけでなく,業界や各国政府もこの地域に注視している。
重要性を増す中東
専門家たちの一致した見解によれば,中東産油国の重要性は,小さくなるどころかいっそう大きくなるだろう。そして,これまでと同様に,今後少なくとも50年間,政治学が地理学や資源安定性と同じくらい重要であることが,機会あるごとに証明されるだろう。
イスラム原理主義の問題をとってみよう。イスラム原理主義は,しばしば,石油供給に対する潜在的脅威とみなされてきた。しかし,イランやサウジアラビアにおける原理主義体制に関する経験は,石油収入の必要性が彼らを市場に結びつけ続けることを示唆している。湾岸戦争中,アラブの連帯(かつて1973年の対イスラエル戦争に際しての「武器としての石油」の使用に示されたような)が示されなかったことは,汎アラブ主義が政治的には疲弊し,再度の価格ショックを引き起こす十分な力を回復することはありえないという議論を支持している。
逆説的なことに,湾岸地域は,突然の価格上昇によってではなく,むしろ石油価格が崩落したときに,新しいショックの発生場所となりかねない。価格の低下が更に続けば,湾岸地域以外の産油国の多くは非経済的となり,外貨収入をエネルギー輸出に高度に依存している諸国を深刻な問題に直面させる。同時に,湾岸地域に対する世界の依存が深まる。このことは長期的には石油王朝に対するキャッシュフローの流入を約束するが,中期的には(石油価格の低迷によって)収入は減少し,石油収入よって支えられている社会政策を崩壊させかねない。社会不安が発生して,石油供給の途絶が生じる恐れがある。最終的には石油はふたたび流通するようになるが,1979年のオイルショックがイランの石油生産がわずか数カ月止まっただけで生じたことを想起しておかなければならない。こうして,石油会社(そして石油輸入に依存する諸国の政府)は,あるジレンマに直面する。湾岸のような不安定な地域に依存することは,およそリスクから解放されることにはならないが,それにもかかわらず,湾岸以外の石油資源開発に多大の投資を行うことは,今後10年間ないしそれ以上のあいだ,おそらく必要とされない。
カスピ海地域の微妙さ
石油価格の低迷が長く続けば,外貨収入の大部分を石油・天然ガスの輸出に依存しているロシアに対してとりわけ深刻な影響が及ぶ。伝統的な顧客からの石油収入は減少するだろう。このことは,所得を減らし,天然ガス転換を勧める議論の根拠を奪うという二重の打撃となる。その結果,欧州に対するガス輸出を1991年の980億立方メートルから2010年までに1,900億立方メートルにするという,ロシアの政府機関ガスプロムの目標は達成が困難となる。
この目標の達成を可能とするためには,更に1,000億立方メートルのガスを輸送できるパイプライン建設のための資金を見いださなければならないが,これは,投資の展望の不確実性と,旧ソ連特にカスピ海地域における投資の競合を前提とすれば,非常に困難であると考えられる。
カスピ海盆地の石油の確定埋蔵量は150億〜310億バレルで,これは世界の埋蔵量の2.7%にあたる。ガスの埋蔵量は230兆〜360兆立方フィートと推定されている。これは世界の埋蔵量の7%である。可能埋蔵量の推定値は,少なくて200億バレルから多くて2,000億バレルの間である。カザフ沖の浅い海底で200億ないし300億バレルが可能であるとする楽観的な評価が正しいとすれば,この地域の総生産量は2010年に日量350万バレルに達し,輸出量は250〜280万バレルとなると期待される。1997年の生産量は日量90万バレル,輸出量は日量30万バレルだった。
2010年の石油需要は,成長率予測の相違に応じて日量9,400万バレルから1億300万バレルの間と推定されている。このことは,価格維持のためにはOPECが生産能力を削減しなければならないことを意味している。更に,技術の進歩によってエネルギー節約プロセスが更に進行すると想定すれば,世界の需要量は2010年にわずか日量8,900万バレルとなる。
カスピ海地域の埋蔵量が世界市場に大きな影響を及ぼすほどの規模ではないとすれば,そしてまた,世界市場に進出するためには巨大な困難に直面しなければならないとすれば,なぜ,この地域がこれほど注目されるのか。その理由の一つは,中東の不安定性にある。他の地域からの石油供給が一定期間途絶したとき,カスピ海地域のエネルギー供給はその結果生じたギャップを埋めることができる。
カスピ海盆地はまた,地理的にも政治的にも重要である。イラクの石油生産能力に制限を課すことは,イランがこの地域であらためて影響力を強める機会を提供する。特にイランは,カスピ海の石油・ガス田を国際的採掘事業に開放するうえで中心的な役割を果たしうる国の一つである。こうしてイランは,今後,西側政府が制裁を解除して「建設的関与」に移行することを期待できる。アメリカの石油会社もそのような戦略を推進するだろう。特に,競争相手がすでにこの地域で地位を強化しつつあるがゆえに,それはなおさらのことである。
しかも,この地域との結合を強化したいと望んでいるのはアメリカとヨーロッパだけではない。中国は,この地域をシルクロード再建計画の一部として見ている。このことは,19世紀の勢力争いにも似た新しい「大国ゲーム」における昔の対立関係の復活をもたらしかねない。これは,ロシアを困難な立場に追いやる。ロシアは,カスピ海投資からの収入とロシア領を通るパイプラインの通過税収入を得ようとするならば,ライバル国にこの地域への投資を奨励しなければならない。この点でロシアが攻勢的になれば,それは微妙な南側面を政治的,経済的な対抗相手の影響力に対して開放する危険を犯すことになる。
このようにして,カスピ海地域の不安定は,その隣接地域を遙かに越えて大きな影響を及ぼす。例えば,石油会社は,政治的混乱のために損失をこうむれば,不安定が予想されるほかの地域で新規プロジェクトを進めることに消極的になるだろう。たとえそれが21世紀初頭に必要とされる追加的能力をもたらす可能性があってもである。もっと直接的には,この地域を横断するパイプラインが何らかの理由で切断されれば,主要市場に対する供給の不足は,みずからの戦略備蓄を縮小ないし廃止することを決定した諸国に対して破滅的な影響をもたらしかねない。
このようにしてカスピ海地域は,世界のエネルギー市場に対してなしうるその潜在的な貢献のゆえだけでなく,その資源をめぐる競争が国内的,地域的,全世界的規模での相互に関連しあった対抗関係の広範囲におよぶネットワークを反映しているがゆえに,極めて重要である。こうしたことすべてが,21世紀の地政学的なエネルギー地図の作成の助けとなる。
目次
|