| 時代が進むにつれて,ほとんどの社会で労働条件が改善され,搾取性が弱まっているように思われる。現在,新しい技術の出現とともに,企業内で大きな変化が予想される。このような変化は,これまでと同じように,利益をもたらし,生活の質の改善につながるのだろうか。
情報技術(IT)が労働に及ぼす影響は,恐らく,われわれが認めたくないほどわれわれを悩ます問題となろう。ITは,人を解放する原動力となり,新たな社会的・経済的条件をもたらす先触れになるのだろうか。あるいは,雇用の急激な削減や大量失業につながるのだろうか。生活の質は職場内外に生じる機会により改善されるのか,あるいは,職場が競争の場と化し,失業者は不確かで先が見えない,不安定な仕事を探し求めざるを得なくなるのだろうか。
まず,ITは,過去における他の形態の技術変革と同様,雇用の全体的な水準というよりは雇用の構成に影響を及ぼすだろう。労働関係の性格も,生産構造に根本的な変化を及ぼすITから重大な影響を受けるだろう。管理階層が減少し,所在場所が固定されない,弾力的で需要指向の生産ネットワークを持ったバーチャル構造が出現することだろう。
雇用構成面では,組織構造がフラットになるのに伴い,特に,熟練を要しない反復作業や中間管理職のカテゴリーで,多くの職が失われよう。医師や弁護士などの高度の資格を要する専門職も,ITの影響を免れない。同時に,新しい形の雇用も台頭する。特に,任務別のチーム生産やコンピュータ利用在宅勤務に従事するという,新しいタイプの職業が出現する。一種の「無職の」雇用市場である。
このような変化は,被雇用者にも雇用主にも新たな問題を提起しよう。被雇用者は,日常的に技能の向上に努めなければならないし,また,当然のこととして一生の間に数回も仕事を替える覚悟ができていなければならない。失業期間ないし就職と就職との間の一時的無職期間を過ごす場合が多くなろう。一般に,被雇用者は,これまでより事業家的な能力を身につける必要があり,また,現在の仕事のコンセプトが変化ないし消滅するような新しい勤労環境に適応しなければならないだろう。
他方,雇用主にも適応能力が必要になってくる。イノベーションや急速な製品サイクル,高品質が市場で成功するための基本的必要条件になってくると,企業は,知識労働者を効果的に雇用する新しい弾力的な方法を見つけなければならない。このような状況下では,被雇用者のイニシアティブを育成するための安定した環境の必要性と,不慣れな労働関係から生じる不安定性との間の緊張関係を解決することが必要になろう。これには,作業スケジュールと職務内容の双方を被雇用者のニーズに適合させるため,管理上のイノベーションを必要としよう。特に,雇用主は,「中核知識労働者」のニーズに特別の関心を払わなければならない。中核知識労働者は,知識生産の任務を負う労働者で,恐らく,職業のライン性や階層性を薄めることを要求しよう。人的資本が重要な役割を果たす競争的な状況においては,中核知識労働者は,賃金や労働条件を交渉する立場が強くなろう。企業は,被雇用者の時間を求めて競い合わなければならなくなるが,そのことにより,効率が向上しビジネス・パートナー関係が改善されるとしても,一定の技能に対する賃金が押し上げられよう。
働きがい
雇用市場が変化すれば,労働環境も変化する。問題は,この変化が良い方向の変化か,あるいは悪い方向への変化かである。一部の者は悪化すると言う。機械化により,流れ作業産業において労働が非人間化されたように,将来の労働者は,コンピュータ主導の生産プロセスの付属物ないし使用人にすぎなくなるかもしれない。システム・ソフトウェアが作業を管理・規定する度合いが高まるにつれて,コンピュータ化のお陰で,勤労の多くがひどく退屈でつまらない仕事と化し,個々の被雇用者は,人間的な活動や判断を行う資格を組織的に剥奪されるかもしれない。
他方,楽観的な技術賛美者は,ほとんどの場合労働の質が向上し,取り残された者も所得水準が上がると言う。これはややユートピア的に聞こえるが,もっともな理由もないではない。この議論は,情報技術の進歩がもたらす繁栄により余暇時間が大幅に増加し,他方,このことが生活の充実をもたらすというものである。各人の余暇時間が増え,その時間を楽しむ金も増えるのみならず,仕事自体にやりがいが出てくる。事実,一部の労働者にとって,仕事が楽しめるようになるので,仕事と余暇の区別がはっきりしなくなってくる。これは,「インテリジェントな」機械とシステムが,肉体労働や一部のありふれた知的労働に代わって汚い仕事や退屈な仕事をするからである。方針決定支援プログラムは,複雑な知的作業に重要な支援を提供し,各人は,最もやりがいがある仕事に専念することができる。将来に対するこのような見方によると,労働は,ますます,自己達成という高度のニーズを満たす手段としての色彩が強くなる。言い換えれば,労働が趣味となる人が増えるということである。この楽観的なシナリオによると,富の増加がすべての者の水準を引き上げ,福祉施策を向上させ,社会の基本ニーズを満たすので,望む仕事を見つけられない者でも生活が豊かになる。
すべてを考慮に入れると,ITは未曾有の物質的繁栄を世界にもたらし得ると考えてよいようだ。実際,苦しい調整期間を経た後,たとえ不均等ではあっても,また,期間や場所によって進展に遅速はあっても,結局のところ職場の改善が全世界に行き渡る可能性が十分にある。技術賛美者が言うように,給与や福祉給付は,全般的に増加するはずである。しかし,すべての者,あるいは大部分の者が利益を享受するという保証はない。実際,現在の所得トレンドが将来のあり方を示すものであるとしたら,所得不平等が将来拡大し,重大な社会混乱を引き起こす可能性がある。一体,ITは高度の技能を有する富める少数のエリートのみに利益をもたらし,他方,技能がそれほどでない者は,オートメーション化により職場を奪われ,ごみとして放り出されたような仕事にしかありつけなくなって窮乏化するのだろうか。これがカギとなる問題であり,新技術の本質の判断の基礎となる問題である。
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