| 経済活動にとってイノベーションが重要であることは疑い入れないものである。他方,経済と同様,イノベーションも成長することを認められなければならない。そのためにOECD加盟国政府は何ができるだろうか。
イノベーションは,OECD各国経済の核心である。イノベーションなしには,企業は新しい製品やサービス,プロセスを導入することができない。不可能ではないにしても,市場シェアを獲得し,コストを削減し,あるいは利益を増加させることは困難である。実際,イノベーションがなければ,企業は死滅せざるを得ない。
過去においては,大企業は,変化を避け,イノベーションを引き延ばし,成功した製品に何年も依存する余裕があったかもしれない。しかし,今日のグローバルな競争環境においては,大小を問わずいずれの企業も,イノベーションなしには生き延びられない。経済のすべての分野において,企業は,成長し,躍進していくためにイノベーションを行う必要がある。イノベーションは,生産者にとって多様で急速に変化する顧客需要を満たすのを助け,また,一般に,健康,通信および生活の質を改善するのに役立つ。言い換えれば,イノベーションは,進歩の原動力である。
イノベーションの可能性
イノベーションにはコストがかかる。1996年,OECD諸国における研究開発(R&D)企業支出は,3,000億ドルを上回った。フォード,ジーメンス,IBM,マイクロソフトのような製造業・サービス業の大企業は,R&Dに毎年何十億ドルも支出する。しかも,R&D支出は,イノベーションの全コストの一部にすぎない。製造業におけるR&D支出は,イノベーションのための企業総支出の3分の1ないし2分の1を占める。他方サービス業においては,R&D支出はイノベーションの全コストの3分の1未満であることが多い。イノベーションがうまく行くように,設備,訓練,ライセンス,マーケティングおよび組織改革に対する多額の補完的投資が欠かせない。
イノベーションのプロセスは,過去数年間に大きく変化した。グローバリゼーション,競争の激化,情報・通信技術の影響の増大および急速な科学技術変化のために,企業のイノベーションのペースが速くなる。これは企業のR&D支出効果の増大につながっているが,他方で,長期的応用研究に対する民間投資を圧迫している。アメリカについての調査によると,企業の平均R&D支出周期は,1993年に18カ月だったのが,1998年にはわずか10カ月に短縮されている。
イノベーションに関わる矛盾は,競争が原動力になっているのにもかかわらず,協力関係なしには発展しないということである。場合によっては競争企業の間での協力さえ必要となる。イノベーションのコスト,複雑性およびリスクは大きく,企業は,いかに大きくとも,必要とするすべての知識・情報を自社内,更には自国内で入手することは不可能である。新しい医薬品の開発には何億ドルもの金がかかるかも知れず,また,開発中の医薬品は一部しか販売まで行きつかない。企業は,リスクやコストを分かち合い,新しい知識にアクセスし,イノベーションが消費者のニーズに応えるものであることを確実にするように,ネットワークや提携,集団を通じて協力する。企業は,大学や研究所,クライアント,監督機関,さらには競争相手とさえ協働する。自動車や航空,電気通信,卸売などの分野におけるネットワークや提携関係の多くは,今や世界的になっている。
政府の役割
企業は,イノベーションを推進するに当たって,政府が3つの中核的役割を果たすことを期待する。第1は,基礎科学研究に対する投資である。基礎科学研究は,新しいアイデア,方法および製品の土台として不可欠である。科学研究における主要な発展は,インターネットのような情報技術や遺伝子工学などのバイオテクノロジーにおける多くのブレークスルーの源泉である。企業が基礎科学から価値ある金銭的利益を生み出す上で直面する主な困難は,長い懐妊期間,高コストおよび不確実性である。このような不可欠の長期的研究に対する支援を続けることは,政府の責務であるように思われる。すべてのOECD加盟国はこのことを認識しており,日本,韓国,イギリスなど数カ国は最近,基礎科学研究に対する支援を強化した。
政府の第2の責務は,企業イノベーションのための適切な条件を整備することである。これには,適切に機能する金融・労働・商品市場を伴う安定したマクロ経済環境および競争とイノベーションを促進する規制制度が含まれる。このためには,国民が技術進歩の速いペースに適応するのに必要な教育と技能を獲得するための支援が必要となる。また,イノベーションと新技術の市場全体への普及を促進するような方法により知的所有権を
保護することも必要である。
政府の第3の責務は,イノベーション・システム自体の改善を支援することである。イノベーションは,最早,企業,大学,研究所,監督機関がどのように行動するかのみに依存しているのではなく,これらがいかに協働するかにもかかっている。制度や組織が硬直化すると,イノベーションが圧殺される恐れがあり,このような制約条件を取り除くためには,政府の意図的な政策が必要となる。協力とネットワーク形成を妨げる障害を取り除かなければならず,また,大学,公共研究機関,企業の間の協力関係を促進しなければならない。
多くのOECD加盟国において,大学の研究者は,商業的利用の可能性がある研究に従事したり,あるいは企業と協力する上で適切なインセンティブがない。アメリカは,このような事態を打開する必要性を認めた最初の国の一つであった。1980年のバイ・ドール法制定を経て,アメリカの大学は,連邦の資金による研究成果について特許を取得することが認められるようになった。以前は,特許は連邦政府のものであった。日本でも,最近の法改正により,公的資金を受けた研究者も,自分の発明について2分の1の特許権を取得できるようになった。このような法制面の改革は,イノベーションを助長し,科学研究とイノベーションとの間のつながりを強める。大学の研究者が企業と協働するのを妨げる規則や企業間の協力を不当に制限する規則など,他のボトルネックについても措置する必要がある。ベンチャー・キャピタルへのアクセスも,政府の関与を要する問題であろう。要するに,イノベーションに対する障害は様々であり,個々の国でとるべき政策を判断するためには,各国のイノベーション・システムの機能の仕方を詳細に分析する必要がある。
新たな責任
現在,多くの国が,イノベーションや知識の重要性が高まっていることを認識している。他方,いくつものOECD加盟国において,この認識に見合う改革努力は依然として断片的にしか行われていない。このような国にとってはアメリカの好景気が参考になろう。アメリカでは,イノベーションが活発化する企業環境がすでに存在する(アメリカ経済に関する記事参照)。また,フランス,メキシコ,日本,韓国,フィンランド,オーストリアなどの例から学ぶこともできよう。これら諸国は,イノベーション・システムを強化するために包括的な政策の導入を図った。このような政策の重要な要素となっているのは,ベンチャー・キャピタルへのアクセスを容易にし,公的資金による研究の商業化を促進する措置である。
イノベーションの重要性は明らかだ。お互いに学び合うことも重要である。その理由の一つは,そもそもイノベーションが活発化するためにはイノベーションを共有することが必要であることだ。同様に重要なのは,政府は,イノベーションを活発化し,知識ベースの経済を成長・繁栄させるのに必要な一貫性のある政策を立てるという新たな責任ある役割を果たさなければならないということである。
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