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1990年代は日本経済にとって決して明るいものではなかった。特に1970年代から80年代のめざましい景気動向と比べると,一層その感が強い。しかし1999年は,かすかな回復の兆しをもたらした。
アジア危機の衝撃,国内の銀行倒産,膨らむ財政赤字,1997〜98年の厳しい不況,アメリカを上回る未曾有の失業率上昇。日いずる国といわれている国で日が沈んでしまったわけではないかもしれないが,世界第2位の経済の最近の状況は確かに暗い。しかし,景気の好転は必ず起こるものであり,初期の段階ではそれはいつも定かではないが,日本の地平線にもかすかな光が見え始めたのかもしれない。問題は,それが2000年の新しい夜明けの先触れであるのか,それとも見まちがいなのかということである。
日本の今回の不況は戦後最も厳しい不況の一つに数えられ,これは1998年末の生産高が7四半期前の前回の周期的ピークから累積で約5.25%も低下していることに現れている。企業は,売上高の低下に伴い,キャッシュフローを維持するために支出を削減した。無条件の解雇も珍しくなくなり,時間外手当やボーナスもカットされた。基本給の引下げとも相まって,これらは可処分所得を低下させ,世帯支出を削減させる結果となった。冷酷な失業率上昇に直面して,雇用不安が高まった。人々は,厳しさを増す財政状況を見て,医療費,年金額,税負担に不安を抱くようになった。各家庭が支出を切り詰めるのも無理はないと思われた。対外部門もこの沈滞状況を緩和する緩衝材料をほとんどもたらすことができず,アジア危機はとりわけ厳しい打撃を与えた。
これらは本当にすべて終わったのだろうか。ほとんどの指標は1999年にわずかな成長が見られたことを示しており,GDPは実質で約1.4%上昇している。しかし2000年を予測することは難しい。これは一つには,回復の初期段階に典型的に見られる相矛盾する証拠があるからである。特に労働市場は未だに赤信号が点滅している――失業率は5%近くまで上昇しており(1998年は平均4.1%,1990年にはわずか2.1%であった),まだしばらくはこの水準に留まるものと見られる。というのも景気動向の影響が失業にまで及ぶには時間がかかるからである。しかし,その他の面では明るい兆しが見られる。自信の回復が見られ,金融市場が立ち直り,個人消費が上向き,これが在庫の減少と増産の再開につながっている。
しかし,なぜ最初に自信の回復が見られたのか。一つの重要な理由は政府である。政府は病んでいる金融機関を安定化させるために,少なくとも当面効き目のありそうなかなり苦い薬を処方することで状況を改善したばかりでなく,そのミクロ経済政策も大幅に緩和した。その一つは,世界でも初めてのゼロ金利政策の試みである。また政府は過去1年半に亘りかなり間断無く財政刺激策を適用し,新規国債や信用保証を気前よく提供した。これらは最終的に,消費者と投資家の双方に財布のひもをゆるめても大丈夫と納得させるには十分であった。
膨らむ赤字
旧来の呼び水政策は,景気回復を刺激した点では価値があったと言えるかもしれないが,その代償として,GDPの約7.5%という大幅な財政赤字が生じた。この赤字の大部分は全国3,300の地方自治体が膨らませたものであった。本来,経済安定化という点で地方自治体の果たす役割は政府の戦略のカギであった。しかし,中央政府の赤字もやや常道を外れていた。政府赤字の大部分(約6.7パーセントポイント)は構造的なものと見られており,その意味では,景気回復だけでは赤字は解消しないだろう。従って整理統合が急務であり,経済成長率があまりにも低いため,政府負債額は急増した。一般財政赤字の総額(社会保障を含む)は2000年にはGDPの114%に達するものと見られる。これはイタリアと同じ水準である。
政府は,高齢化に伴うコスト圧力が高まる中で財政状態を改善させることができるだろうか。それは困難な課題であり,これを乗り越えるには数年間を要するだろう。経済成長が特にダイナミックになるとは予想されず,成長率よりも実質金利の方が高くなるかもしれない。従って負債は今後も増加しつづけるだろう。ということは,まだ切り詰める余地のある他の分野,例えば医療分野において予算削減を考えなければならないことを意味する。また政府は,公共投資の削減に目を向けるかもしれない。もう一つの選択肢は,債務削減のために,土地,建物,設備等の政府資産やNTTの59%の持株等の金融資産を売却することであろう。しかしこのような売却が債務削減に寄与する全体の効果は微々たるものであろう。
それでも政府の厳しい財政状況は,まだ国民の自信を損なうまでには至っていないようである。確かに,例えば,企業のリストラが雇用の安定を損ない,失業率が上昇すれば,2000年に不況のぶり返しが生じる可能性もある。しかしおそらくぶり返しはないだろう。というのも人員削減の大部分は早期退職という形で行われるからである。しかもこれまで抑えられていた世帯の大きな需要があり,また企業部門も自信を回復しつつある。
失業率の上昇
とはいえ,おそらく数年前から始まっている企業のリストラは,来年の成長の足を引っ張ることになるかもしれない。これは労働者の報酬に下向圧力を及ぼすことになり――労働者一人当たり賃金は1998年に1.4%低下した――企業は新規採用の凍結やボーナスカットにより人件費の削減を続けるものの,人員削減の進展は避けられない模様である。雇用総数は1998年に0.7%低下し,1975年以来初めての低下となった。建設及び製造部門で雇用総数の大幅な減少が見られる。危機を感じているのはブルーカラーだけではない。労働省によれば,管理職は最も供給過剰であり、1997年には5.8%,1998年には1.9%削減されている。早期退職制度やその他の任意退職制度は依然として重要であると思われるが,1998年には強制解雇が失業者増加の60%以上を占めている。1998年12月に日本の失業率はついにアメリカの失業率を超えたが,これは戦後の歴史において初めてのことであった。その差はわずか0.5ポイント――4.7%対4.2%――にすぎないが,それは日本の傷ついた経済にとってうれしくない塩の粒である。
不況により,あらゆる所得階層において支出が減少し,住宅着工は二桁の減少となった。また,今回の不況は倒産を急増させるほど深刻であった。以来,政府は倒産を減らすための施策を講じてきた。しかし生き残った企業も,不況で膨張した債務を削減し,収益性を伸ばし,株主の要求する利益を生み出すという三又のチャレンジに直面している。一部の企業は,金融市場からの圧力を受けて,すでに行動を開始し,戦後のどの時期よりも厳しく投資を抑えている。合併であれ,工場閉鎖であれ,資産売却であれ,合理化という言葉が専門家の間の流行語になっている。しかし,それだけで十分なのだろうか。企業部門が利益目標を達成し,資産収益や自己資本収益率を増大するためには,標準的な景気回復以上のものが必要となるだろう。経営者に収益性を重視させるようにコーポレート・ガバナンスを変革する必要がある。また国民所得に占める労働者のシェアも数ポイント引き下げる必要があるだろう。
しかし,企業のリストラによって経済が変わることはあっても,経済がガタガタになることはないだろう。実際,企業のリストラは,ほとんどの場合,大企業で行われることになるが,大企業に雇用されている労働者は全体の5分の1に満たない。人員削減が更に進展した場合,アメリカの例を思い出してもあまり慰めにもならないかもしれないが,当初の調整問題が何であれ,アメリカでも約20年間に亘り,大企業によって同じような人員削減が行われたが,人員削減によって,経済の急速な拡大が妨げられたわけではなく,また失業率の低下も妨げられたわけではなかった。それは,ジョゼフ・シュンペーターの創造的破壊という観念の本質である。
とはいえ日本は失業に慣れておらず,10月に日産が発表したような大規模な人員削減は,たとえ景気回復が近づきつつあったとしても,飲みこまなければならない心理的な苦い薬となるだろう。政府は当然そのような人員削減を抑える対策を講じることを求める社会の圧力を感じるだろうが,その圧力に抵抗し,対日投資に対して経済を開放する方針を堅持すべきである。そして市場による資源配分をより大きくするような構造改革を維持すれば,日本経済の地平線にも確実に明るさが見られるだろう。
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