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コーポレート・ガバナンスは単なるビジネスの問題ではない。それは,経済全体と国民の安寧にも関わり,優れてパートナーシップの問題である。
コーポレート・ガバナンスと聞けば,ほとんどの人はこの数年に登場したコード(行動規範)のことを思い浮かべるであろう。例えば,有名なキャドベリー・コードである。こうしたガバナンス・コードは,ふつう,株主に対して会社をよりいっそうアカウンタブル(説明可能)にするために,取締役会の構成や手続きを変更するよう会社に勧告している。しばしばそれらは,取締役会の社外重役の数を増やし,会長と最高経営責任者(CEO)を分離し,新しい経営委員会――監査委員会のような――を設立する,といったことを提案している。
これがコーポレート・ガバナンスのすべてであるならば,誰でも当然,次のように問うであろう。いったいなぜ,公共政策の問題について助言することをその任務とする国家間の組織であるOECDがこの問題に興味をもつのか? コーポレート・ガバナンスは,その名のとおり,企業自身が取り組むべき問題ではないのか?
そうではないのだ。コーポレート・ガバナンスは経営のプロセスや手続き以上のものである。それは,会社の経営者,取締役会,株主,そして従業員や立地する地域社会などの利害関係者の間の,様々な関係のすべてを含む。ガバナンスの質は政策的枠組みに直接的につながっている。ガバナンス・システムを形成するための法律,制度,規制などの枠組みを形成するには,政府が中心的な役割を果たす。枠組みの諸条件がきちんと整えられなければ,ガバナンスの体制もまた整備されない。
政策的枠組みは,株主の法的権利やその権利が侵害された場合に補償を得る能力といった問題を取り上げる。この枠組みのなかには,規制を通じた,またリスクの全面開示の要請を通じた株主の保護が含まれる。これはただ2つの例にすぎない。企業を管理し,経営し,説明責任を果たす方法に影響するファクターは無数にあり,その多くが直接的に政策立案者の責任範囲に入る。
危機の根元
ガバナンスの質に注目しなければならないのはなぜか? いくつかの理由がある。もっとも直接的な理由は,不適切なガバナンスは国民経済のパフォーマンスと最終的にはグローバルな金融的安定を損ないかねないことである。アジアやロシア,その他における金融危機は,このことを疑問の余地なく実証した。状況は様々に異なっていたが,危機に陥った諸国すべてに共通していたのは,非効率な経済的意志決定をもたらしたガバナンスのゆがんだ構造である。アンバランスが無視できなくなるほど大きくなると,金融市場の崩壊を促進し,国と地域全体の開発努力を後退させる。
それぞれの国に固有の問題もまた重要だった。アジア諸国では,巨大金融機関さらには国家そのものとさえ結びついた権益集団が,外部からの吟味を妨げるような条件のもとで巨大コングロマリットを経営していた。トップレベルでの縁故関係と暗黙のうちの政府保証の認識が,これらコングロマリットに,適切な統制を受けることなく安易な外部借り入れや自己資本調達に走らせた。しかも,少数派株主(国内も外国も)や債権者には,情報も事業監視の権限も与えられなかった。透明性と説明責任の欠落が,今度はゆがんだインセンティブ構造,過剰投資,危険なまでに高水準の会社借り入れをもたらした。不適切な開示と監査手続きは,企業の財務条件の悪化を早期に警告することを妨げて,ただ状況を悪化させただけだった。
中央計画経済から市場経済へと移行過程にある諸国では,コーポレート・ガバナンスは改革の異なった段階の必要に応えなければならない。移行過程諸国の多くにおいて,コーポレート・ガバナンスの弱さが,民営化後のリストラクチャリングを遅れさせた原因と非難されている。言い換えれば,民営化によって企業の所有権を国家から民間の手に移すことには成功したが,あいまいな所有権,不適切な規制と制度の枠組みが企業インサイダーによる無制限の支配と不透明な所有と管理の構造をもたらしたのである。多くの場合,少数派株主の権利はほとんどまったく保護されなかった。結局,この不適切なガバナンスが市場における信頼を掘り崩し,金融システムの全体を人質にした。
ガバナンスの改善が新興経済諸国や過渡期経済の諸国に限定された課題ではないことを指摘しておく必要がある。すべての国が,国内の企業の運営方式の改善から利益を得ることができる。最先進の国々さえ,ガバナンスの改善について議論し,問題を見つけて努力を続けている。アメリカでは,会長と最高経営責任者の分離(多くの投資家が望んでいる)は一般的でない。ヨーロッパ諸国では,少数派株主の扱いの改善と,合併や買収に際しての透明性の拡大を求める圧力が高まっている。日本では,経済的ダイナミズムの回復のためには,明らかに,情報開示や経営慣行の分野での改善が必要とされている。オーストラリア,イギリス,フランス,ドイツ,スウェーデンでは,会社法と買収手続きの分野で重要な長期的改革の努力が続いている。
短気な資本
通信革命,そしてますます一体化が進むグローバル経済が意味することの一つは,残念ながら「がまん強い」資本は極めて稀ということである。常に投資機会を探し求める投資家は,その資金を全地球上で動かすことをためらわない。企業が投資家の巨大なプールから長期資本を調達し維持しようとするならば,信頼される容易に認識されるコーポレート・ガバナンスの構造が必要である。会社と政府はこの必要性に応えなければならない。
もちろん,ガバナンスは外国の投資家だけにかかわる問題ではない。たしかに,最初に警告を発するのはしばしば彼らである。しかし,ほとんどすべての国において,投資の圧倒的大部分は国内で成長した資金源から来る。自分の国の企業や資本市場に対する国内の信用を強化することは,その国のビジネスの長期的な競争力や国民経済全体の健全性と活力に大きく影響する。様々な研究は,投資家保護が十分ではない国には一般に小規模で流動性の小さい資本市場しか存在しないことを明らかにしているが,これは何ら不思議なことではない。
OECDが「コーポレート・ガバナンスの諸原則」を制定したのも,適切なコーポレート・ガバナンスの重要性に対する認識が高まりつつあるという,流れの中でのことである。このOECDの「諸原則」は,適切なコーポレート・ガバナンスの枠組みの最も重要な核心的要素に関する一致した見解を反映している。それは,様々な国の固有の状況や文化,伝統に応じて,実施の際の適切なフレキシビリティを残すように構成されている。つまり「諸原則」には拘束力はない。それは,自分の国のコーポレート・ガバナンスの枠組みを検討し改善しようとする各国政府のために,参照基準を提供することを意図している。それはまた,要件や行動規範を列挙することによって,ベスト・プラクティスを追求する証券市場や投資家,民間企業,コーポレート・ガバナンス関係の政府委員会などにガイダンスを提供する。
このOECDの「諸原則」は5つの主要領域をカバーしている。すなわち,株主の権利とその保護,あらゆるカテゴリーの株主の公平な扱い,従業員その他の利害関係者の役割,タイムリーな情報開示と企業の組織と運営の透明性,そして会社,株主,その他利害関係者に対する取締役会の責任である。
問題の核心に迫るために,「諸原則」は4つの基本価値に要約することができる。扱いの公平性,責任,透明性,そして説明責任である。「諸原則」は,すべての国に通用すると我々の考える核心的な価値ないし原理を明らかにしている。これは,強力なガバナンスの枠組みの発展を支える諸原理である。これがまた,健全な資本市場の発展を支えることになる。
これらの基本価値はまた,コーポレート・ガバナンスをもっと広い意味でのガバナンスのほかの重要な諸要素と結びつける。つまり,汚職や腐敗に対する戦い,企業の責任と倫理,公共セクターのガバナンス,そして規制改革である。適切なガバナンスの追求のためには,関係するすべての分野での統一的な努力が必要である。こうして国民は,グローバル化する経済から全面的な利益を引き出すことができる。
「諸原則」が完成した現在,本当の仕事はいま始まったばかりである。OECDの現在の主要な任務は,点検と対話,そして最終的な変化のプロセスを促進することである。我々は,ほかの国際機関と密接に協力してガバナンス改革を促進しようとしている。特に世界銀行との共同プログラム,IMFや各地域の開発銀行,その他のパートナーの参加が重要である。
この協力事業におけるOECDのおもな仕事は,コーポレート・ガバナンスに関する一連の地域的な円卓会議を組織することである。ここには,ガバナンスに関する認識を深め,根拠のある堅実な政策の策定を助けるために,当該地域の政策立案責任者,規制当局者,市場参加者などを集める。円卓会議は現在,アジア,ラテンアメリカ,ロシアで機能しており,ユーラシア――基本的にCIS諸国(ロシアを除く)とモンゴルで構成される――とアフリカでも計画されている。
21世紀の安定と繁栄は,資本市場の強化と強力なコーポレート・ガバナンスのシステムの構築にかかっている。新興経済諸国がこの数年の深刻な金融危機の痛手から立ち直りつつあることは歓迎すべきであるが,コーポレート・ガバナンス体制の改革の勢いが維持されることが重要である。OECDは,全世界の各国政府や証券市場,民間パートナーと協力して,各国経済を強化するこれら諸国の努力を援助することができる。「コーポレート・ガバナンスの諸原則」もこのプロセスを助けることができる。それは,ショックの発生を完全に防止することはできないが,順守されれば,ショックが危機に転嫁するのを防ぐことはできる。
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