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シアトルは危機ではなく,ドラマだった。裁判官は誤解した。
かつて貿易は大半の人々にとっては面白いものではなかった――むしろ退屈だっただろう。関税率の割当や輸出自主規制,技術的な貿易障壁などをめぐる交渉は人をわくわくさせるものではなかった。世界貿易機構(WTO)の前身である関税と貿易に関する一般協定(GATT)は,無関心な一般国民の沈黙の中で世界貿易を自由化する地味な仕事を黙々と続けた。
時代はなんと変わったことか! 今日ではWTOは,我々の時代の最重要問題をめぐる熱気に満ちた論争の中心にいる。グローバリゼーションである。スポーツや国家政策と同じくらいメディアの関心の的となっている。勝つか負けるか,勝利か敗北か,その中間はない。
たしかに,多国間貿易システムのボルト・ナットの働きはそれほど大きく変化してはいない。政府の交渉担当者は,あいかわらず何時間も会議室に閉じこもって,国際貿易の取り決めの詳細について押し問答をしている。しかし彼らは今はそれを,世論の監視のスポットライトのもとで,グローバリゼーションに対する高まる反対の集中砲火のもとで,やっているのである。
新しい監視は歓迎されるべきである。WTOは重要な仕事をやっており,そこで下される決定は世界中の普通の男女の生活に影響を及ぼす。WTOはその行動について説明する義務を負うというのは正しい。
付け加えて言えば,WTOには隠すべきことは何もない。逆である。むしろ誇るべきことが多くある。多国間貿易システムは世界の善を実現する強力な力である。過去50年間に世界貿易が15倍にも拡大したことは,おそらく,生活水準を引き上げ,地球全体の人間を貧困から救い出すうえで,ほかのどのような人工の装置よりも多くのことを成し得た。ウルグアイ・ラウンドだけをとっても,世界経済はそこから年間2,400億ドル以上の利益を得ている。これは,世界の各国政府がWTO予算に拠出する年間7,500万ドルに比べてかなり良い見返りではないか? WTOはまた,各国政府に貿易自由化の約束を守らせることによって,安定した予測可能な枠組みをビジネス界に提供している。WTOが運営する紛争調停のシステムのおかげで,各国政府はそれぞれの貿易紛争を殴り合いになる前に解決できるようになっている。
しかし,WTOがその活動を新しい環境に適合させるうえで様々な困難に直面するだろうことは,おそらく不可避である。しかも我々は,一部の人々や集団がWTOに対して提起する新しい課題に,いまようやく応えようとし始めたばかりである。この新しい環境の圧力は,ある程度まで,昨年12月にシアトルで世界貿易交渉の新ラウンドの開始に失敗したことに反映されている。だがしかし,失望は大きかったとはいえ,世界の貿易相が合意の形成に失敗したのはこれが最初ではない――おそらくは最後でもないだろう。旧GATTの関係者は,1982年にジュネーブで新ラウンド発足の試みに失敗したこと,あるいは1990年のブリュッセルにおける手詰まりなどを思い起こすだろう。それにもかかわらずシアトルは,世界のメディアや批判者たちからWTOの弔鐘を鳴らすものだと言われた。彼らは一場のドラマを危機と取り違えたのだ。
幸いにして,危機説は間違いであることが明らかになり,6カ月前の悲観論はナンセンスであることが証明された。WTOは生き延び,極めて重要な交渉アジェンダで大きく前進している。
第1に,農業とサービス業の分野で重要な交渉を開始することに成功した。これらの交渉は多くの予想よりも遙かに順調に前進している。両セクターは合わせれば世界の産出高の3分の2以上を占める。これらの分野におけるいっそうの自由化の潜在的利益は巨大である。
例えば,OECDのある計算によれば,豊かな国の消費者と政府は農業支援のために年間3,500億ドルを支払っている。これはこれら各国の4,100万頭の乳牛を飛行機のファーストクラスで地球を1周半させるのに十分な額である。こうした支援のコストが引き下げられることによる皆の利益を考えてみるとよい。
第2に,世界の最貧諸国が世界貿易システムから利益を得られるようにするための重要なパッケージの作業が進んでいる。このパッケージには,豊かな国の市場へのアクセスの改善,技術援助の拡大,開発を促進するほかの世界的機関,特に世界銀行とWTOの協力関係の強化などが含まれる。
第3に,ウルグアイ・ラウンドの取り決めの実行にあたって一部の開発途上諸国が直面する諸問題の解決のために,制度的な仕組みが作られた。これは,シアトルで見解が対立した主要な領域の一つだった。
第4に,WTOの機能の仕方の改善方法が検討されている。特に,例外なく交渉で当然の席と尊敬が認められるべき137の加盟国すべてに対して,いかに公平に対応するかが重要である。
最後に,だがこれも重要な問題であるが,15億人以上を代表する30カ国がWTO加盟を申請している。これはWTOシステムに対する明確な信任投票であり,我々は適切な条件でこれら諸国の加盟を促進するために可能なことすべてをやろうとしている。6月にはグルジアが第137番目の,また旧ソ連構成国としては第4番目のWTO加盟国となった。ロシアそのものも積極的に加盟を目指している。中国,クロアチア,オマーンが本年中に加盟する予定である。これら諸国の加盟が実現すれば,WTOは真に「世界的」な貿易組織にいっそう近づくことになる。
こうした努力すべての全体的な効果が,WTO内部の雰囲気の変化である。それは1年前に比べて大きく改善され,非常に期待のもてるものとなっている。課題は多く残されており,ここで満足することはできない。それでも我々は,多国間の貿易アジェンダを大きく前進させるうえで,組織的に非常に良好な状態にある。
それでも批判者たちの多くは,WTOは何もやっていないと主張するだろう。むしろ害悪を及ぼしていると指摘する。我々に対する中傷者がシアトルや更にはワシントンに持ち込んだ多くの問題や旗印を認識し,これに真剣に応えようとすると同時に,我々は137の加盟国と30の加盟候補国のすべての国民の生活水準を改善するという我々の深い約束をけっして見失ってはならない。
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