|
記録が示すところによれば,GATT/WTOのシステムは先進工業諸国と開発途上諸国の両方の経済発展と生活水準の向上に大きく貢献することができる。その理由は,少なくとも部分的には,WTOが進める着実な自由化とWTOルールの拡大にある。それは,加盟国の主権を尊重しながらも多国間貿易システムの基礎となる根本的な諸原則(例えば,差別の撤廃,そして偽装した貿易障壁の回避)を守る紛争仲裁機構を通じて実現される。その記録はまた,現在の貿易体制が,経済成長と更に広範な社会の持続可能な発展――その前提は適切な国内政策によって支えられることである――の実現のために,これに貢献する条件の創造を促進できることを示している。
全地球的・地域的な環境問題と,急速な経済成長と貿易自由化が環境に及ぼす影響に対する関心から,環境目的の達成のために差別的な貿易措置を利用できるようにWTOルールの拡大解釈を求める圧力が強まっている。GATT/WTOの諸協定が,貿易に影響する国際的な環境協定や国内的な環境政策(本質的に非差別的な)を採用する相当の余地をすでに加盟各国に与えているという事実にもかかわらず,こうした圧力は高まるばかりである。シアトルにおけるWTO第3回関係閣僚会議の報告は,貿易と環境の接点に関連する問題が各国を政治的に分裂させることを証明している。変化を求めるこのような圧力の背後にある環境上の諸目的は尊重されなければならないとしても,WTOルールを変更する基本的な提案が,国際貿易と投資の性格,パターン,そして将来の拡大,究極的には世界の福祉に及ぼす影響については,深刻な不安が存在する。こうした不安を国際社会が慎重に考慮することが重要である。
様々な考慮
環境上の目的に対応できるようWTOルールを修正ないし拡大解釈することを求める主要な提案は,以下のような措置に言及する。「多国間環境協定(MEA)」に未署名のWTO加盟国に対する差別的な貿易措置の適用。「プロセスおよび製造方法(PPM)」に基づいて「類似」製品を差別する一方的貿易措置の適用。予防原則に基づく貿易措置の適用。「プロセスおよび製造方法」に基づく多基準エコラベル表示制度。WTOに対しては,情報へのアクセスを改善し,その手続きの透明性を向上させることなどが要求されている。ここには,NGO,そしておそらくは産業界を含むその他の市民社会組織に,貿易・環境紛争をWTOパネルに提訴する権利を認めることが含まれている。
上述の提案を考慮するにあたっては,いくつかの問題が検討されなければならない。例えば,これらの提案が採用された場合,それは,貿易と投資の自由化を促進しようとする現在の趨勢に対し,また現行の多国間貿易制度の効果的な機能に対し,更にはGATT/WTOシステムの背後にある基本原則の一体性に対して,どのような影響を及ぼすだろうか? また,それらの採用は,より政治的,経済的な性格の――科学的なものとは対比される――貿易措置をもたらし,こうして保護貿易主義や偽装された貿易障壁の拡大に門戸を開かないだろうか? WTO加盟国の権利と義務,更には国内で独自の環境政策を選択,制定する加盟各国の主権にとって,それらはどういう意味をもつか? 上述のような提案の採用は,持続可能な発展のほかの要素,例えば,労働基準や社会的基準,人権その他に対応するためにWTOルールの変更を求める要求に対して,先例を開くことにならないか?
多国間環境協定の特別条項や差別的貿易措置の使用に関しては,いくつかの定義上の問題が明確にされなければならない。例えば,「環境」という用語は何を指すか,「グローバルな環境問題」とは何のことか? 更に,多国間環境協定を真に「多国間」とし,差別的貿易措置の使用を正当化するためには,何カ国がこれに署名すればよいのか? 関連する問題として,多国間環境協定における差別的貿易措置の使用に関するガイドラインとして,国際的に合意された規準が制定されるとすれば,それはどのような影響を及ぼすのか? そのような規準はWTOの紛争解決プロセスでも使用され,その結果,WTOルールの修正ないし拡大解釈と機能的には同じこととなるのか?
上述の提案の国際的な貿易関係や経済発展に対する影響もまた考慮されなければならない。例えば,上述の提案は,もし採用されれば,アメリカとヨーロッパの間の,また先進工業諸国と開発途上諸国の間の貿易紛争を増加させないか? 提案されているような変化は,おもに技術先進諸国に有利にはたらき,その採用は多国間主義を犠牲にした地域主義の強化をもたらさないか? 開発途上諸国や資源に依存する小国にはどのような影響が及ぶのか? こうした提案の採択は,これら諸国の市場アクセスを制限し,環境保護の強化と持続可能な発展という諸目標に必要とされる収入をこれら諸国から奪ってしまわないか?
「多国間環境協定」に定められた目標の追求のために差別的貿易措置を利用した場合に生じうる結果が,UNCTADによるフィリピンに関する最近のケーススタディで明らかにされている。改正バーゼル禁止条約は,批准されて発効すれば,主としてOECD諸国と開発途上諸国の間での,最終処理ないしリサイクリング/回収事業のいずれかを目的とした有害廃棄物の貿易を禁止することになる。上述の研究によれば,この改正禁止条約の条項をEUが初期的に実施した結果,鉛・酸バッテリーの場合,こうしたリサイクル物質の貿易が減少し,入手が困難になった。その結果,小規模で非公式のセクター中心へと業界の再編成が進行し,環境上の観点からは望ましくない結果となった。加えて,フィリピンの当該産業の競争的地位は,OECD諸国の鉛・酸バッテリーメーカーとの関係で不利になった。
貿易や経済発展,貧困の軽減,そして環境基準の間の関係は複雑である。更に,持続可能な発展のためには,経済と環境と社会に対して地域的特性を反映したバランスのとれた配慮を維持することが必要である。このことは,開発途上諸国や過渡期経済諸国では,環境問題により直接的,より効果的に対処するためには,貿易措置よりも設備建設や国際的援助,技術の移転と支援などの政策的手段の方が遙かに大きな可能性を有していることを示唆する。そこで,単刀直入に問われなければならない。環境や社会に関わる様々な問題に対処するうえで,WTOは最善の装置といえるのか?国際的な技術協力の必要性に応え,環境保護をもっと広い経済的,社会的な諸目標と均衡させるためには,他の国際機関の方が適しているのではないか(例えば,国連環境プログラム[UNEP],世界銀行,国連貿易開発会議[UNCTAD]など)?
透明性の問題に関しては,WTOは関係文書をもっと広範に,もっと迅速に配布することによってその手続きの一層の透明性を確保すべきである,という点で広範なコンセンサスが成立している。国際諸機関や加盟各国政府,そして市民社会グループの間の対話を促進する国際シンポジウムは,その有益性が証明されており,今後も定期的に開催されるべきである。しかし,産業界を含む市民社会組織に紛争処理手続きに参加する権利を与えるという提案は,慎重に検討されるべきである。例えば,そのような権利が与えられた場合,作業量やその効率と有効性といった点で,紛争処置手続きにどのような影響が及ぶだろうか?
次のステップ:分析上のギャップに対処する
シアトル後の現在,上述の考察のいくつかを更に一層深く検討すべき時期が来ている。そうすることによって,十分な情報に基づいて将来の意志決定を行うための基礎が与えられよう。重要なのは,貿易と環境に関するWTO委員会やOECDを含む他の国際機関が,WTOルールの上述のような変更提案が国際貿易と多国間貿易システムおよびWTOそのものの効果的機能に及ぼす影響を徹底して検討する,包括的でオープンかつ透明な作業プログラムの開始を考慮することである。提案されている変更のWTO及び紛争解決プロセスに対する組織面での影響もまた検討されるべきである。
以上に加えて,以下のような問題の分析が優先されなければならない。
- 地域的な,また全地球的な環境問題に取り組むうえで,ほかの政治的手段と比較した場合の貿易措置(その本質上差別的な措置と,WTOルールと両立する措置の両方)の有効性について,量的,質的に詳細な分析を実施する。
- 多国間環境協定に盛り込まれた貿易措置の使用に関係する多数の問題の評価を行う。これには,「原則と基準」アプローチの潜在的な費用と便益の評価が含まれる。また,WTO紛争解決プロセスへのこのアプローチの使用可能性とその解釈を検討する。
- 予防的アプローチを国際的レベルで首尾一貫して適用するために,実用的な基準の開発可能性を検討する。
- 多基準のライフサイクル・エコラベル表示の利害得失を,消費者関連の事実関係の情報提供に重点を置いたエコラベル表示方式と対比して評価する。
- 地域的,全地球的な環境問題と取り組むために,国際諸機関の間の協力範囲を拡大し,いくつかの国連機関の有効性を強化することの可能性を検討する。ICMEの考えでは,この種の情報が利用可能となり,公的フォーラムそして最終的にはWTO加盟諸国によって全面的に評価可能となるまでは,何らかの提案の是非を考慮することは現時点では時期尚早である。それは,環境目的にいっそうよく対応するためとして,現在のWTOルールの基礎となっている根本的な諸原則を恣意的に歪めかねないからである。
*ICMEは,金属の安全な生産,使用,リサイクリング,処理を確実にするために,持続可能な発展の政策と行動様式を促進することを目的として,鉱業および第1次金属生産に携わる企業が設立した非営利の業界組織である。更に詳しい情報は,ICMEのウェブサイト(www.icme.com)およびICMEの資料“WTO
Rules and the Trade and Environment Interface: An ICME Assessment”(List of Publications,
Limited Edition Series)を参照。
目次
|