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1997〜99年までの3年間は,経済発展の加速化が必ずしも内外バランスの改善やインフレの沈静化を排除するものではない,という事実をハンガリーに実証した。1998年のアジアとロシアにおける証券市場と通貨の危機,そして国際資本市場の何度かの混乱が世界経済をいっそうの困難に直面させたにもかかわらず,ハンガリー経済は好調だった。1999年には内外の条件は更に悪化した。西ヨーロッパのブームは勢いを失い,長引くユーゴスラビアの戦争と一連の自然災害がハンガリー経済に悪影響を及ぼした。しかし,2000年初めになると,ハンガリーにとって最も重要な諸関係が好転の兆しを見せ,グローバルな経済成長の加速化が予測されるようになった。
1999年は,ハンガリーが年率4〜5%の間の経済成長率を実現した連続3年目の年となった(GDPは1997年に4.6%,1998年に4.9%,1999年に4.3%の伸びを記録し,2000年は4.5〜5.0%の間の成長率となると期待されている)。成長の原動力となっているのは,何よりも輸出と国内需要である――これが投資と消費の両方を刺激している。輸出は1997年に飛躍的に増大し,その後の2年間も世界平均を数倍上回っている(米ドル換算で,1997年に22%,1998年に20%,1999年に9%)。これは主として,それまでに外国資本の流入によっておもに加工産業や様々な機械工業において蓄積されてきた生産・サービス施設の産出高が急速に増大した結果である。設備投資もまた同じように急速に――しかし大きく変動しながら――増大した(1998年は12.7%,1999年は6.6%)。実質所得の増大と同時に,1997年以降,個人消費も増大を示した。しかしその成長率は生産性の伸びを超えなかった。
雇用率の低下は,1997年頃に底を打って反転した。1998年以降の雇用の増加はわずかであり,年齢層や性別,地域,職種などによって大きく異なっているが,着実に,しかも中断なしに続いている。積極的な雇用政策と賃金控除額の引き下げの結果,失業率は1997年の8.7%から1999年には7.0%に減少した。その一方で,労働の経済活動への参加は国際的に見れば低く,1998年にようやく52%に達したにすぎない。21世紀にはいるとともに,年率1.5〜2.0%の緩慢な上昇が期待されている。
インフレ率は,1997年から1999年にかけて毎年低下した。1997年の消費者物価指数の上昇率は18.3%,工業物価指数のそれは20.4%だったが,1998年にはそれぞれ14.3%と11.3%に低下し,1999年にはそれぞれ10.0%と5.2%に低下した。2000年には,消費者物価指数の上昇率は6〜7%にまで低下すると予想されている。その原因の一部は,市場経済への移行に伴う主要物価の調整が1990年代前半までにすでに完了する一方で,世界市場の物価がこの期間の大部分ハンガリーに有利に推移したことに加えて,政府が反インフレ政策を採用し,インフレに対する期待感が衰えたことにある。
ハンガリーの対外貿易の圧倒的大部分(輸出の87%,輸入の80%)はOECD諸国との取引である。EU諸国との貿易収支は黒字となっているが,ハンガリーの対外貿易の全体は赤字に終わっている。赤字額は,1997年が21億米ドル,1998年が27億米ドル,1999年が30億米ドルだった。しかし,忘れてはならないのは,この赤字額の増大が貿易総額のダイナミックな増大と同時に生じていること,従って赤字額の貿易総額に対する比率はわずかしか増大していないことである(1997年が11%,その後の2年は12%)。
経常収支の赤字は1997〜99年まで4〜5%の間だった。比較的大きいこの赤字幅を投資家が許容可能と受け止めた理由としては,ハンガリーが一方ではバランスのとれたマクロ経済的結果を達成できたこと,他方では経済的ギャップを埋めるために多額の投資を必要としたことが考えられる。その結果,経常収支の赤字は債務を生むことのない外部資金によって埋めることができた(海外直接投資とポートフォリオ投資の総額は1998年に14億米ドル,1999年には26億米ドルに達した)。従ってハンガリーの債務は着実に減少した。
ハンガリーの経済発展においては外国資本が極めて重要な役割を果たした。海外直接投資は年間20億米ドルに達し,1999年末までに投資残高は207億米ドルになった。これは外国投資家のハンガリーに対する信頼を反映している。政府の投資奨励政策は,資本の安定した流入を促進すると同時に,地域的な配分の均等化を目指している。これによって,地域的な孤立を緩和し,ハンガリー経済に対する外国企業の関与を深めることが期待されている。
こうした有利な展開にもかかわらず,経済的発展も社会的発展も困難と摩擦を避けることはできない。その一つは,世紀の変わり目までにハンガリー経済がいくつかの観点からして二重構造を形成したことである。二重性は,とりわけ,わずか50社たらずの多国籍企業――その大部分がオフショア地区で営業している――が国民総生産の大部分を生産し,輸出の大半を占め,研究開発活動のほとんどを遂行する一方で,国内の中小規模企業の貢献がわずかにとどまっているという事実に明らかである。このことは明らかに,経済の最も急速に成長するセクターが,中小企業をも統合して,当然期待されたはずの推進効果をもてないでいる,ということを示している。二重性のもう一つの兆候は,地域的な格差に明らかである。東部の発展はほかの地方よりもかなり遅れている。購買力平価で計算したハンガリーのGDPはやがてEU平均の半分近くになろうとしている。しかしこの数字は,2〜3倍にも達する地域レベルの格差を覆い隠している。
こうした問題を認識してハンガリー政府は新しい経済プログラムを制定した。この「国家開発計画」のおもな目的は,ハンガリーと先進ヨーロッパ諸国の間に現存する経済的ギャップを埋めることにある。「計画」で強調された諸目標が達成されれば,ハンガリー経済は競争力を強め,その発展を加速され,いっそうバランスのとれたものとなって,ハンガリーのEU加盟はいっそう容易となるだろう。
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