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ニューエコノミーは,労働市場におけるゲームのルールをどの程度変化させるだろうか。一部で考えられているほどではないかもしれない。
メディアの話題をさらっているのは,「ニューエコノミー」によりゲームのルールが変化しつつあることである。この現象は,労働者ならびに労働市場に大きな影響を及ぼす可能性がある。実は,『エコノミスト』は,1993年(7月20日)というかなり以前の社説において,「会社はあなたを必要としている,当面のところは」という面白い見出しをつけて,まさにこの問題を取り扱っている。同誌は,最近の「労働の将来」という記事(2000年1月29日付)の中で,「経営者と労働者との間の古い社会契約は反故にされつつある」とさえ論じた。その意味するところは,ほとんどとは言わないまでも多くの労働者がその勤労生涯の間に仕事や職業を何回も変えなければならなくなるということであり,少なくとも「終身雇用」の全盛時よりも頻繁に転職しなければならなくなることは間違いない。雇用不安や会社への忠誠心についての議論が再びトップニュースになっているが,ニューエコノミーは一体どの程度の変化をもたらすのであろうか。議論は多方面で行われているが,事実はどうだろうか。
まず,労働者の考え方を見てみよう。1997年OECD雇用展望の調査データによると,1990年代の労働者は,健康保険や年金などのフリンジベネフィットを失うことを懸念するとともに雇用保障に不安を抱いていた。この懸念はなお広く抱かれており,継続的に高い失業率に悩む国に限られたことではない。失業率が近年例を見ない水準に低下したアメリカやイギリスなどの諸国においても顕著である。
現在の雇用保障が以前より低下していると労働者が感じていることは間違いないが,現実の在職期間はどうか。つまり,労働者は平均してどの位の期間同じ企業で働いているのだろうか。次の表では,2つの事実が目立っている。第1に,平均在職期間が明確に短縮しているのはスペインとアメリカだけである。第2に,平均在職期間は,フランス,ドイツ,日本,オランダなど多くの国で伸びている。
このような平均値から分かることも多いが,隠されていることも多い。大半のOECD諸国で高齢化している労働力の平均在職期間は,普通なら,若い労働者の場合に比して長くなるものである。また,教育水準の上昇も,雇用の早期段階でより適切な雇用の発見につながり,労働移動率を下げ,平均在職期間を伸ばすのが普通である。しかし,このようなことを考慮に入れて緻密な分析を行っても,次のような基本的結論に変化はない。すなわち,最悪の場合でも,平均在職期間は近年ずっと安定している。最良の場合は,減少した国よりも増加した国の方が遙かに多い。これは,労働者と会社との間の絆が急速に損なわれる新しい時代の到来という推測が現実にそぐわないことを示すものであろう。
このような事実は,少なくとも花形エンジニアや高級プログラマー―「シリコンバレー」族といった高度技能労働者については転職が遙かに頻繁になっているとする新聞記事とどう辻褄を合わせればよいのだろうか。答えは簡単である。職業移動の増加についてのこのような少数の例から,高級労働者の間で雇用不安定へのトレンドが広く存在するといった一般的な結論を引き出すことはできない。事実,OECDの分析により,雇用不安定とそれに伴う雇用不安感の問題は,高度技能労働者よりも,教育水準が低い労働者の間で遙かに顕著であることが分かっている。教育水準が低い労働者と高度技能労働者との間のこのような認識および雇用不安定の格差は,目新しい現象ではない。更に,ニューエコノミーは労働市場にある程度影響を及ぼしたかもしれないが,情報および通信技術に対する投資がまだ比較的少ないことにかんがみると,その効果がそれほど大きかったとは考え難い。
労働移動率や離職率の一般的上昇傾向はないかもしれないが,多数の労働者が毎年職を得たり失ったりしていることは事実である。1994年および1996年の『雇用展望』は,双方とも,毎年すべての職の約10%が創出され,約10%が消滅していることを示している。多くの企業は,好況期でも雇用水準を調整する。一部の企業は倒産し,新しい企業が立ち上げられる。このような変動は,コストと便益を発生させる。経営者の観点からは,労働移動率が高いということは,不確実性がある世界において,職員配属レベルの弾力性を高められることを意味する。他方,労働移動率が高いと,不可避的に,例えば(反復される)採用手続のためのコストが直ちに増大する。また,労働移動率が高いと,例えば,特に会社において効率的に働くのに必要な特別の技能および知識を習得した職員の士気を阻喪させることにより,生産性や製品の質を低下させかねない。労働市場で労働移動率が高いと,会社を辞めまたは辞めさせらた労働者にとって,別の職を探すのが容易になるかもしれない。もっとも,新しい職の質や雇用期間には不確実性が付きまとう。
ここで基本的な疑問が生じる。職業移動率が過度に高くなると,旧来の経済でもニューエコノミーでも繁栄のために必要な技能および能力の開発が妨げられるだろうか。生涯学習の政策上の意味合いを真剣に考えていることを各国が明言している現在,この問題提起は時宜にかなっている。労働者の生活水準を守る一方で国際市場において効果的に競争していかなければならないことについて,多くの国が懸念を表明している。この問題の焦点となったのは,技能形成や訓練,作業組織に対する企業の投資不足である。急速かつ適切な職業の発見や在職期間の延長を助長する仕組み,および会社において適切な労働者の参加ないし「発言権」を確保するためのその他の仕組みはどのようにすれば推進することができるかというのが議論の主要点であった。
労働移動率や技能についてのもう一つの問題は次のようなものである。一部の企業が望んでいるかに見受けられるように,企業は高度な技能と弾力性を持つ労働者を定着させることと,思いどおりに雇用・解雇する自由を堅持することとを両立させることができるか。可能とは思われない。労働者は,次の転職に気を取られるため,特別のインセンティブでも与えられない限り,自分の会社の命運にはあまり関心を持たないだろう。企業は,価値の高い訓練を施した労働者を競争相手に奪われかねないという懸念から,社会的に望ましい水準,ひいては競争を行うために経済的に必要な水準より低い水準でしか,技能に対する投資を行わなくなる可能性がある。一方このことは,労働移動率を更に上昇させて,訓練に対する意欲を更に減殺する恐れがある。
弾力的な雇用保障
企業は,人的資本投資について極めて重要な役割を果たす。OECD諸国平均では,経営者は,成人労働者が受ける継続職業訓練の約4分の3に補助を与えている。このように,経営者が労働者の訓練を適切な事業投資とみなす場合に,労働者が職業上の技能を一貫してアップデートし,向上させる可能性が極めて高い。このような現象は,人事慣行により労働者が長期に亘って会社に定着することを期待され,または奨励される場合に,生じる可能性が高い。安定的な雇用は,技能訓練を向上させる可能性がある。このことは,在職期間が平均水準を超え,労働移動率が低い企業の方がより多くの訓練を提供する傾向があることにより証明される。更に,企業は,このようなイニシアティブが徹底的な訓練や雇用保障の改善と結び付いた場合に,弾力的な作業組織の形態を成功させることができる可能性が高い。
要するに,企業も労働者も適応性と弾力性を高める必要がある。その責任は,雇用という結婚における企業と労働者の両パートナーにある。労働者の多くは,給与慣行や労働条件についての決定に発言権がある場合は,これらについての変更を受け入れることだろう。労働者は,今でも,会社が競争し,成長することができるためには,経営者からの日常的な,またそれほど日常的でない要求を受け入れる場合が多い。一方,経営者は,保育やその他の家族関連の問題など,労働者が抱える特別の問題に対応する必要がある。一言で言えば,この原則は,旧来の経済に妥当したと同程度にニューエコノミーにも妥当する。企業は,前進するためには,労働者の心と(スキルの向上を伴う)知性を勝ち取る必要がある。
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