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Home OECD Tokyo > OECD Observer 日本語版 > No.221/222


 OECD Observer 日本語版

欧州連合への移民:問題か,あるいは解決策か?

BEN HALL
CENTRE FOR EUROPEAN REFORM, LONDON

 庇護を求める者の数が欧州連合のいたるところで急増している。EUの人口高齢化にかんがみて,選択的な移民受け入れが再び不可避になるだろうか?

 ヨーロッパの歴史は,移民によって形作られてきた。何世紀にも亘って,商人や職人,頭脳労働者が仕事を営むため,または新しい生活を始めるために大陸を横切った。何百万人もの人々が,ヨーロッパからまず植民地に,次いで南北アメリカやオーストラリア・ニュージーランドに移住して行った。また,ヨーロッパは,強制移民の歴史が古くからある。スペインからのユダヤ人放逐に始まり,その後,ロシア帝国,オーストリア・ハンガリー帝国およびオットマン帝国の間の度重なる戦争により南東ヨーロッパにおいて人口移動が生じた。

 西ヨーロッパへの大規模な移民は,比較的新しい現象である。1960年から1973年までの間に,西ヨーロッパにおける外国人労働者の数は,労働力人口の3%から6%へと倍増した。この比率は,旧植民地の市民に比較的開放的なアクセスを与えているイギリスやフランスなどの国で最も高かった。ドイツでも,1960年以降の25年間に外国人数(半数近くはトルコ人)が400万人増加した。もっとも,これらのほとんどは市民にならなかった。しかし,労働力不足に起因するヨーロッパへの最初の移民は,1973年の石油危機の際にほとんど終わった。外国生まれの人口は増加を続けているが,これは,特に,ほとんどの国が今でも家族再結合のために毎年何万もの居住許可書を交付するからである(1997年にイギリスへの定住のために受け入れられた58,700名の80%近くは妻や子であった)。また,EU諸国は,毎年数千件の就業許可書を交付する。1997年,イギリスでは,54,000件の許可書のうち半数近くが,主として高度技能職業に従事するアメリカ人および日本人に交付された。他のヨーロッパ各国では,季節的農業労働者に許可書が交付される例が多い。しかし,EUにおける外国生まれの住民の比率は低い水準にとどまり,オーストリア,ベルギーおよびドイツの9%からスペインの2%未満までの幅に収まっている。

 1980年代末以降,庇護を求める者の数が急増した。1984年には,西欧における申請件数はわずか104,000件であった。ところが,これが1992年には692,000件に増加し,次いで,1990年代の残りほとんどで減少した。1998年に再び350,000件,1999年に400,000件へと増加した。もっとも,1999年中にまた減少に転じた。このように,庇護は,EUへの移住の主な手段の一つとなった。

 なぜこのような急激な増加が生じたのだろうか。冷戦の終結は,世界中で多くの小規模戦争や民族紛争を引き起こすきっかけとなった。この種の戦闘においては,戦闘員(正規部隊および補助的準軍事要員)は,往々にして民間人を攻撃目標にする。庇護を申請する者の多くは,このような「民族浄化」から逃れる人々のようだった。特に目立ったのは,1990年代初期のボスニアや1990年代末期のコソボからの人々である。また,共産主義統治の終焉に伴い,多くの東欧人が,生活を向上させることができるのは西側においてだけだと確信する。移動が自由になり旅行が安価になるのに伴い,多くの者が西に向かって移住しようとしたのは驚くに当たらない。問題は,移住するのに何万人もの人々が庇護のプロセスを利用しようとしたことである。そのため,一部の国においては,すべての種類の移民の流入を抑えようとする動きが出てきた。

 昨年イギリスに庇護を求めた人が多かった国の上位6カ国は,中国,ソマリア,スリランカ,ユーゴスラビア,ポーランドおよびアフガニスタンであった。しかし,世界の難民のほとんどの行き先は,ヨーロッパではない。ほとんどは,自分たちの国に近い地域にとどまり,往々にしてキャンプ生活を強いられる。1998年,イランには,ほとんどがイラク及びアフガニスタンからの約190万人の難民が居住し,また,パキスタンには,アフガニスタンやイラクからの難民が約200万人いる。

 他方,一部のEU諸国においては,庇護がトーテム的な問題と化した。庇護は,民族性やアイデンティティなど他の情緒的な問題と絡み,自由民主主義国の偏狭な面をさらけ出す。しかし,我々は,問題を的確に見極める必要がある。100年前にはイギリスに移住するのが今より容易だったかもしれないが,一旦入国したら,暴力に曝される恐れは今より遙かに高く,また,今日の福祉国家のような法的・社会的な保護もなかった。しかし,「よそ者」に対する反感が民衆煽動的に利用される恐れは現在でもある。特に,雇用市場で難民が埋めるべき隙間がなさそうな場合である。全体として見れば,納税者に対する難民の負担はわずかなものであるが,移住民が学校,病院および住居などのサービスを地元の最貧困層と共有するような難民の比率が高い地域(イギリスでは,ロンドンのいくつかの自治区やドーバーなどの町)では,そうとも受け止められないだろう。


全欧州的な問題

 大部分の人は庇護の問題を国内の問題として考えるが,実は,全欧州的な問題なのである。ヨーロッパ大陸全体を通じて,政策上の問題は,極めて似通っている。現代史を通じて大量移民を出してきたアイルランドにおいてさえ,庇護申請件数は,1992年の39件から1998年の4,600件以上へと急増した。一部の諸国では,他の諸国より遙かに大幅な増加が生じた。ドイツは,一貫して,受け入れた難民数が他のEU諸国より多かった。すなわち,1992年には,西ヨーロッパで庇護を求めた者の総数の60%以上をドイツが占めた。オーストリア,オランダ,スウェーデンおよびスイスは,過去10年間に何回か,人口1人当たりの受け入れ難民数が多かった。他方,一部の人口の多い国,なかんずくフランス,イタリアおよびスペインは,受け入れた難民数が相対的に少なかった。イギリスは中程度である。イギリスは,1989年に17,000件の申請を受け,10年後にはこれが71,000件になったが,これはドイツより多かった。年間合計数が最も多かったのは1991年の73,000件で,保守党政権の下でのことであった。

 もとより,論議のあり方や政策枠組みの傾向は,国によって相違がある。しかし,いずれの国においても,重点は,真の庇護申請者を純粋に「経済的な」難民から区別することによって流入を抑制することに置かれている。ドイツ政府は,従来寛大であった庇護法を引き締めることにより,1990年代初期のバルカン諸国からの流入,ひいては難民に対する攻撃に対応した。この措置により,「安全な第三国」原則が導入された。すなわち,ある者がドイツが安全とみなす国を通過している場合は,当該者はドイツで庇護を申請できないとするものである。ドイツはすべての隣接国を安全とみなしているので,航空機によらないでドイツに到着する庇護申請者は,拒絶される可能性が高い。

 1993年にこのような制限が導入された後,申請件数が激減し,他のEU諸国もこれに倣うようになった。オランダにおいては,庇護申請者数は,1996年後に大幅に増加した。オランダ当局(イギリスも同様。下記参照)は,申請をすみやかに処理するのに困難を覚えている。イギリスにおけると同様,オランダの政治家も「偽の」難民の「洪水」を話題にする。もっとも,オランダの新聞は,イギリスのタブロイド紙よりも穏やかな表現を用いる。

 オランダ政府は,新しい外国人法を策定し,来年施行する予定である。激しい論議の対象となったこの法律は,庇護手続を合理化し,申請処理のための平均期間を22カ月から6カ月に短縮することを目的としている。また同法は,(滞在資格がある)庇護申請者すべてに,これまでよりも暫定的な地位を付与する。最初の手続の終了後に完全な難民の地位を付与する代わりに,3年後に各ケースについて見直しを行い,それにより初めて許可または拒絶を決定する。

 一部の諸国では,庇護は,移住および民族のアイデンティティに関する幅広い問題の1要素にすぎない。エルク・ハイダーの極右の自由党は,移民および難民についてのオーストリア人の不安感を利用して,まんまと連邦政府に入り込んだ。

 イタリアにおける最大の問題は,すでに国内にいる多数の不法移民をいかに扱うか,移住者の大量不法輸送(特に,アルバニアからの高速モーターボートによるもの)にどう対処するか,および不法輸送ギャングへのマフィアの関与の問題である。右翼のフォルツァ・イタリアの指導者であるシルビオ・ベルルスコーニおよびLega Nordの指導者であるウンベルト・ボッシは,厳しい反移民,反庇護の綱領の下に,4月の地方選挙で好結果を収めた。

 しかし,様々な理由から,これまでイタリアが受ける庇護申請の件数は少なかった。多くの難民,特にソマリアや旧ユーゴスラビアからの難民は,人道的理由に基づく就労許可書を交付されるので,庇護を申請する必要を感じない。不法移民に対しては定期的に恩赦が与えられるので,難民の地位を申請しないでも身分を正常化することができる。また,多くの移民は,イタリアに入国してから更にドイツやスイス,イギリスに向けて移動し,密かに入国し(しばしばトラックが用いられる)または庇護を申請する。

 オランダ,イギリスおよびドイツに比較して庇護申請者が少ないフランスおよびスペインにおいては,庇護は大した問題とはならなかった。フランスでは,内部抗争に引き裂かれた国民戦線は方向を見失った。不法移民を強制退去させようとする政府の措置(ハンガーストライキやデモを引き起こした)は,影を潜めるようになった。現在は,既存の移民に対する差別待遇の撤廃および不法入国者(その多くはフランスに何年も居住していた可能性がある)の身分の正常化が移民に関する論議の重点となっている。

 もとより,すべての移住の根本原因を除去することは,現在のEUには不可能なことである。しかし,EUが移住からのプレッシャーを緩和したいのであれば,いずれ,開発援助や債務救済および公正な貿易の面で貢献を増大させなければならないし,また,世界中の問題地域における紛争を防止し,平和を維持するための備えを整えなければならないだろう。このような目標は,EUの共通外交・安全保障政策の核心である(コソボ危機に際するEUの断乎たる立場は,疑いもなく,コソボ難民の大量脱出に対する恐れに根差すところが大きかった)。


ヨーロッパとアメリカの比較

 しかし,そもそもヨーロッパ諸国は,経済上の移住を抑制するべきなのだろうか。ヨーロッパの人口は,ここ50年の間に減少する見込みである。イタリアは,2050年までに人口が28%減少する。イタリアは,労働年齢人口を維持するためには,毎年35万人の移民を招く必要があり,さもなければ,国民を75歳まで働かせなければならない。

 アメリカ(人口2億7,500万人)は,少数の庇護申請者しか受け入れていない。人口と比較して,受け入れ数はヨーロッパより少い。しかし,アメリカの移住制度は,ヨーロッパより寛大である。アメリカは,1990年代末期まで,毎年100万人の移民を受け入れた。73万人が合法移民,20万人が不法滞在外国人,約10万人が難民である。合法移民の約70%は,家族再結合の目的で受け入れられている。

 1980年代および1990年代の移住者の流入は,20世紀で2番目に大規模なもので,文字通りアメリカを変貌させた。1970年,アメリカの人口の5%がヒスパニック,1%がアジア人,12%が黒人であった。最近の予測によると,2050年には,26%がヒスパニック,8%がアジア人,14%が黒人になる。

 アメリカでは,移住は,労働組合の左派よりも自由市場の右派により熱心に支持されているが,実質的な利益をもたらしている。移民は,イノベーションに貢献する。シリコンバレーの外国人数がこれを実証している。また,移民は,カリフォルニアの農業など地元の労働者が嫌がる仕事をする。他方,ハーバードの経済学者のGeorge Borjasは,その新著『Heaven's Door』の中で,最近20年間の移民の波がもたらした経済的利益については問題があると主張する。同氏は,1950年代や1960年代にアメリカに移住してきた者と比べて技能が低下していると指摘する。同氏は,アメリカは年間50万名しか受け入れるべきでなく,技能が最も高い者を選択的に受け入れるべきであると主張する。同氏自身も認めているが,このような規準によれば,キューバからの難民であった同氏は,1960年代初期に移住が認められなかったであろう。

 最近議会は,熟練労働者に対して20万件の追加的ビザを承認した。ヨーロッパ諸国の政府も同様の措置をとりつつある。ドイツは,2万人の情報技術労働者をヨーロッパ外から,特に,ソフトウェア技術者をインドから集めようとしている(これに対し,キリスト教民主党は,「インド人でなく子どもたちを」というスローガンのキャンペーンを行っている)。イギリスも,東欧のコンピュータ専門家を集めようとする一方,技能が低い東欧人を斥けるのに熱心である。

 庇護の将来の動向がどうなるかは誰にも分からない。実際のところ,現在何が起こりつつあるかについても誰も分かっていない。定評がある一つの推定によると,毎年EUに密入国する不法移民の数は40万人である。恐らくは,小規模戦争が増加し,世界の人口の都市化が進むと,庇護の件数も増加しよう。しかし,ヨーロッパにおける差し当たっての関心は,より伝統的な労働力不足の補充に再び向かうことになる可能性が高い。(19世紀は言うに及ばず)1960年代の門戸開放政策に立ち戻ることはなかろうが,EU経済は,選択的な一次移民の増加を必要としよう。


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