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目標:極度の貧困のうちに暮らす人々の比率を1990年から2015年までの間に半減させる。
西側世界,特にアメリカにおける経済ブームにもかかわらず,世界の貧困はあいかわらず深刻な問題である。全世界で5人に1人が1日1ドル未満で暮らし,7人に1人が慢性的な飢えに苦しんでいる。たしかに,極度の貧困のもとで,すなわち1日1ドル未満で暮らす人々の実数と比率は,全世界で1990年代半ばにかけてわずかながら減少した。しかし,この減少のほとんどは東アジア,特に中国で生じたものである。アジアでの全体としての改善は,一部諸国では1990年代末に一時的に鈍化し,ほかの国ではほとんど止まってしまった。世界の他の地域では,貧困のうちに暮らす人々の比率こそ低下しているものの,人口の増加が貧しい人々の数の増大をもたらしている。そして,旧ソ連の国々では,経済的,社会的な移行が進行するなかで,貧者の比率は3倍以上に増えた。
貧者の絶対数が最大なのは南アジアであるが,比率が最も大きいのはサハラ以南アフリカである。貧者の大部分は農村に住んでいるが,都市の貧困も急激に拡大している。土地その他の資産を持たない人も,男性よりも女性の方が多い。信用の利用がより困難なのも女性である。更には,雇用や高齢になったときの経済的保証も不十分である。
開発途上諸国の多くにおいて,貧者はフォーマルな経済の周縁部で苦闘している。彼らには,政治的影響力も,教育や医療も,保護施設や個人の安全も,定収も,食糧もない。貧困の重要な現れが栄養不良である。食事にこと欠き,栄養に不足する人々は,それだけ生産性が低く,わずかな収入のうちの大きな部分を治療や医療に支出しなければならず,その結果,貧困の悪影響はますます強まり,そこから逃れることがますます困難になる。
栄養不良
今日,開発途上世界では1億5,000万人の子どもが体重不足である。この比率はアフリカ以外では低下しつつある。体重不足は,たとえそれほど深刻ではないとしても,死の危険性を高め,精神的,肉体的な発育を妨げる。この問題は一つの世代から次の世代へと拡大してゆく。栄養不良の女性は体重不足の赤子を産む可能性が大きいという単純な理由からである。栄養不良と低所得は,市民のすべてに所得を稼ぐ機会と基礎的な資源の利用可能性,安全,そして政治権力を与えることによって解決できる。
経済的な機会の提供は,持続可能にして公平な成長を実現するための前提条件である。政府は成長を促進する改革を実施しなければならない。貧者を利する健全なマクロ経済的枠組みと,インフレの低下と財政規律を促進する政策が必要である。
機会とその利用
各国政府はまた,グローバル経済への統合を促進して,貿易と投資を刺激し,民間セクターの活動を活性化させることが必要である。しかしこれら諸国は,その利益をできるかぎり広く行き渡らせるためには,統合のペースと範囲を決定する一定の援助を必要としている。貧しい人々による市場の利用を容易にするための改革も追求されなければならない。小規模企業に重い負担を課す規制を変更することができる――例えば,最近のボリビアにおける小企業に対する税制の簡素化のように。バングラデシュその他におけるGrameen銀行その他のミニ融資機関の例にしたがって,信用の利用可能性を改善することもできる。基礎的な資産,例えば学校教育や技能開発,食糧の確保,予防医療,農村インフラストラクチャー,信用システムなどに対する投資も実行されるべきである。もちろん,各国政府は,こうした投資の効果が貧者に及ぶように配慮しなければならないだけでなく,貧者がそれを利用する能力を持てるように務めなければならない。
こうした政策は実行可能である。例えば中国をとってみよう。人間に対する投資を重視することによって,すなわち教育と訓練を通じて彼らに力をつけることによって,中国は急速な成長を促進できただけでなく,国民と世界の人々の間の平均所得の格差を40年前の半分に減らすことができた。ベトナムもまた貧困を減らすことに成功した国の例である。ここでは,土地改革が農業生産と所得を拡大する機会を農民に与え,その結果として貧困率は1993年から1998年にかけて58%から37%へと低下した。
権利の強化
権利の強化は,人々の尊厳を強め,参加意識を高め,みずからを経済的に向上させるための道義的力を与える。政策決定に対する発言力を認めることは,政策やプログラムの制定と実行に貧者や社会全体を参加させようとすることを意味する。実際,責任ある,開放的なガバナンスのための組織機構は,貧困撲滅政策を実際の貧困の削減につなげる不可欠の環である(囲み記事参照)。
安全
貧困の削減は,当然のことながら平和なくして実現不可能である。問題はあまりにも多くの国が紛争(しばしば国内の)を抱えていることである。このことが,多くの国,特にサハラ以南アフリカ諸国において,社会発展の成果を台無しにしている。しかも,豊かな人々よりも貧しい人々ほどそのような危険にさらされやすい。
紛争は安全問題の唯一の側面であるわけではない。貧しい人々は洪水のような天災の打撃にもさらされやすいからである。彼らは経済的な危険にも直面する。不作,一次産品価格の急落。貧困を減らすためには貧しい人々の安全を強化することが必要である。そのためには,リスク管理(危機に直撃される前の)を助け,地方的,全国的な危機の影響を緩和する何かの仕組みが必要とされる。これには,突然の価格崩落が最も弱い層に及ぼす影響を緩和するためのクッションや子どもを学校に通わせるための仕組み,不況時に仕事を提供する公共事業や「賃金の代りに食糧を支給する食糧払いの仕事」,持続可能で適切に構成された年金や失業・社会保障などの制度が含まれるべきである。
開発戦略の重点を不平等の解消に置こうとしているタイは,通貨危機の後,この種の安全ネットを提供するようになった。同様のプログラムはインドネシアと韓国でも実施されている。ブラジルでは,ボルサ・エスコラ計画によって,子どもが定期的に学校に行っている家庭に援助を提供することによって,子どもの就学を助けている。
開発途上諸国で貧困削減が始まる一方で,豊かな国にもまた演じるべき役割がある。豊かな国は,援助の提供国として,ガバナンスの問題をいっそう重視すべきである。また,開発途上諸国が人間の貧困と無権利のあらゆる側面と取り組むために策定した首尾一貫した計画に資金を提供し,その進行状況を評価するにあたって,先進諸国はもっと寛大であるべきである。豊かな国はまた,貧しい国の債務負担の軽減に務めるべきである。
市場のグローバリゼーション,一次産品価格の不安定,知識の入手可能性の拡大,民間および公的な資本の流れなどはすべて,貧しい国とその貧困削減の能力に強力な影響を及ぼす。1990年代の経験が示すように,金融危機は10年間の進歩を無に帰してしまう。重い債務を負った諸国がより多くの輸出収入を得られるように,豊かな諸国はその市場を開放して開発途上諸国との貿易を拡大すべきである。マラリアのワクチンやエイズの薬などの公共財を全世界に供給し,特に広く国民から支持される分野で農業の改善のための研究を援助すべきである。
こうした分野における地域的な,またグローバルな活動は,所得の面で貧困問題の解決に役立つだけでなく,栄養不良や社会的排除といった相互に密接に関連しあう貧困問題のほかの側面の解決にもつながる。しかし,所得水準の上昇と栄養状態の改善や平均寿命の延長,また公教育の普及,その他との間には直接的な関係は存在しない。生活の質の改善は,利用可能な資源の量だけではなく,公共政策の優先順位によっても左右される。コスタリカやキューバ,スリランカ,ベトナムといった諸国では,同等ないしより多くの経済資源を有するほかの国に比べて,初等教育と農村インフラストラクチャーへの投資が,健康状態の改善や死亡率の低下,識字率の向上に大きく貢献した。こうした改善は,たとえ所得水準の向上がなくても,貧困の最悪の影響を軽減することができる。逆に,社会的条件の改善は,ほかの適切な政策と組み合わせれば,しばしば所得の上昇のための基礎を提供する。
貧困の削減は達成可能な目標である。しかし,2015年までに所得面での貧困を半減させるという目標の実現は,戦いのごく一部であることを忘れてはならない。世界の人口は2015年には71億に達すると予測されていて,貧困者の数は増大する。したがって,貧困率の半減という目標が達成されたとしても,なお9億近くの人々が1日1ドル未満の生活を余儀なくされる。それでも,無策の代償は遙かに大きい。いま現在行動することによって,われわれは貧困削減の努力を長期に亘って継続するための機会を手にする。■
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